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藻類

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概 要

藻類レッドリスト整備の経緯

 昭和61年(1986年)、当時の環境庁により「緊急に保護を要する動植物の種の選定調査」が実施され国内における絶滅危惧種の調査が本格的に始まった。平成元年(1989年)には(財)日本自然保護協会などにより維管束植物のRDBが刊行されたが、蘚苔類や藻類、地衣類、菌類は取り上げられなかった。  その後、平成5年(1993年)から5か年計画にわたり水産資源の持続的利用に資する目的で「希少水生生物保存対策試験事業」が水産庁によって進められ、平成10年(1998年)に「日本の希少な野生生物に関するデータブック(水産庁編)」が取りまとめられた。この水産庁版RDBでは淡水・汽水産11種、海産19種の計30種の藻類がリストアップされた。
 一方、環境庁主体の藻類レッドリストもほぼ同時期に整備が進み、平成9年(1997年)にリストが公表され、平成12年(2000年)に「改訂・日本の絶滅のおそれのある野生生物 植物Ⅱ」として刊行され、淡水産57種、海産14種の合計71種がリストアップされた。環境庁版で淡水産種の掲載種数が大幅に増えているのは、水産庁版で評価対象に上らなかった車軸藻類およびカワモズク類がリストアップされたことによる。環境省はRDB刊行後の調査結果を踏まえて、平成19年(2007年)に改訂レッドリストを発表、藻類の絶滅危惧種は亜種等を含む193分類群に増加した。
 環境省のRDB刊行後、地方版のRDBも刊行が飛躍的に進展した。しかしながら「動物」に対する「植物」という範囲では維管束植物までをとりあげることが多く、藻類分野を対象群として取り上げているものは非常に少ない。これは藻類の研究者数が少ないことと、藻類が扱う範囲が広いことが要因と考えられる。愛媛県では平成15年(2003年)にRDBを刊行したが、上記と同様の理由で藻類は調査対象とならなかった。しかし、県内に生育する2種の藻類オキチモズクとクロキズタは、天然記念物に指定されていることもあり、特例として簡単な説明が付された。この愛媛県RDB刊行後、絶滅のおそれのある藻類についての調査や情報収集を進め、今般の改訂にあたり調査対象として取り組むこととなった。

愛媛県における研究史

 愛媛県内の大学・地方公共団体の試験研究機関には大型藻類を研究課題とする研究者が不在であったことから、愛媛県における藻類相の解明は主に学校教員によって支えられ発展してきた。
 愛媛の藻類研究史において最も重要な記録を残したのは、師範学校や県立高校の教員をつとめ愛媛県立博物館の設立にも尽力した八木繁一である。八木の業績としては淡水紅藻オキチモズクの発見と記載がクローズアップされがちだが、愛媛県内の海産藻類の分布について、平面的だけでなく潜水調査の結果を元に垂直分布まで明らかにしたことが最大の功績と言える。これら一連の研究の過程において、県内に自生する種、漂着等により偶発的に採集される種、一部の淡水産藻類なども含めた目録を整備し、愛媛県における藻類研究の礎を築いた。
 八木の元で生物学を修めた研究者は多いが、その中でも藻類研究に顕著な足跡を残した人物として、大内三郎が挙げられる。大内は特に県南部の宇和海沿岸に生育する海産藻類について研究を進め、目録を刊行した。
 1959年には愛媛県立博物館が設置され、それと同時に館外活動のための組織である愛媛自然科学教室が発足した。以後、同教室主催の採集会が県内各地で催され、八木や大内らが指導的役割を担い多くの標本が作成された。これらの標本は現在、愛媛県総合科学博物館や宇和島市自然史資料展示室に収蔵されている。その一方で、八木が個人的に収集した標本は、後進の研究者に与えられたり、後に設立された博物館に寄贈されたりしたことから県内各地に分散し、その全容は未だに把握できていない。
 このほか、県西部の伊方町出身の教員、野村義弘も海産藻類について研究をすすめ、その業績は特に伊方町沿岸においてクロキズタの新産地を見いだしたことで知られている。
 近年では高等学校の教員で組織された研究グループにより藻類フロラが報告されている。愛媛県内高等学校教育研究会理科部会生物部門では、県内各地に設定した調査地域で様々な分野の生物相を調査し報告書を発行しており、愛媛県今治市沖にある伯方島の海藻相について報告した(第1次;1978年、第2次;1993年、第3次;2012年)。県内でこのように定期的に海藻相が調査されている場所は少なく、貴重なデータとなっている。

種の選定について

 藻類は自然な分類群ではなく、人為的に線引きされた生物群である。したがって、レッドリストを作成する際でさえ、対象範囲を決定するのが難しい場合がある。藻類の定義として千原(1999)は「酸素を発生する光合成を行う生物の中からコケ植物、シダ植物、および種子植物を除いた残りの全て」と表現した。こうした藻類の定義に従えば単細胞性での微細な種で顕微鏡を用いないと探索そのものができない種や、生活史に休眠期があり絶滅危惧の判断が不可能なものなども含まれる。そこで藻類のRDBでは、①肉眼的なサイズの藻体を持つ、②同定が比較的容易である、③海の深い場所など採集が困難なものを除く、④過去に対象として扱われリスク評価が可能である、⑤調査者が直接観察または採集したことがある、⑤天然記念物に指定されている、などの条件を付すことが一般的であり、おおむねこの方針で種の選定を行った。
 海産藻類に関しては八木(1964)および大内(1980)による愛媛県既知種を基準として、以後の採集および観察記録から種選定および絶滅リスク判定を行った。淡水産藻類に関しては、これまで知見がほとんど集まっていなかった車軸藻類を主たる調査対象として設定し、愛媛県内の淡水~汽水域で網羅的な探索を行い、絶滅リスクの判定を行った。
 選定の結果、絶滅種(EX)1種、絶滅危惧Ⅰ類(CR+EN)19種、絶滅危惧Ⅱ類(VU)6種、準絶滅危惧(NT)3種、現状不明(DD)23種の合計52種を選定した。これらの藻類のうち、淡水産種は36種、海産種は16種となっている。最も絶滅危惧種が多いグループは車軸藻類であり、24種がリストアップされた。これは藻類全体の46%を占めており、この分類群が危機的な状況にあることを示している。なお車軸藻類に関しては、短時間で同定ができないものもあり、培養株からの同定や時に分子系統解析も行うため、今回の結果に反映されていない種が多数あることを付記しておく。淡水産紅藻は全体で9種がリストアップされた。特にオオイシソウ類やオキチモズクなど大型の紅藻類は危機的な状況にある。一方の海産種に関しては、一部を除いて、古い記録があるが現在では確認できていない種が多いことが改めて判明した。これら海産種については、引き続き野外調査を行うとともに、証拠標本の探索と確認が必要である。
 東邦大学名誉教授の故吉﨑誠博士、北海道大学名誉教授の吉田忠生博士、元神戸大学・国立環境研究所の熊野茂博士、神戸大学内海域環境教育研究センターの村上明男准教授には、愛媛県に生育する藻類全般について絶滅危惧種選定の基盤となる情報収集に際し多大なる援助をいただいた。長崎大学の飯間雅文准教授にはオキチモズクの分布や生態について様々な情報をご教示いただいた。
 首都大学東京牧野標本館の村上哲明教授ならびに国立科学博物館植物研究部の北山大樹博士には標本の閲覧および写真撮影で便宜を図っていただいた。今治城・今治市文化振興財団の藤本誉博学芸員には愛媛県産海藻標本の閲覧の際に便宜を図っていただいた。国立環境研究所微生物系統保存施設(NIES)・(財)地球・人間環境フォーラムの石本美和氏には、車軸藻類および淡水産紅藻など希少淡水藻類に関する情報をご教示いただいた。
 伊方町町見郷土館の高嶋賢二学芸員にはクロキズタに関する情報収集および現地調査の際に様々な便宜を図っていただいた。西予市の河野一男氏にはカワノリの現地調査並びに生育状況等の情報収集にご協力いただいた。松山東雲短期大学名誉教授の松井宏光氏ならびに愛媛植物研究会の福岡 豪氏には車軸藻類の生育地に関する情報を提供していただいた。ヤノダイビングの佐伯圭二氏ならびに今治市桜井漁協の長井貴之氏には海産藻類採集の際に便宜を図っていただいた。ここに記して感謝の意を表します。

執筆者:藤原陽一郎