クモガタ類・多足類

  • 概要
  • 参考文献
  • 用語解説

概 要

 クモガタ類と多足類は、昆虫に次いで多くの種数を抱える陸上節足動物である。ふつうのクモ(クモガタ綱クモ目)以外は、石下や落葉の中や山地の森林にひっそりと生活しているものが多く、あまりよく知られている動物群ではないが、愛媛県では古くからこの仲間の分類学的研究が活発になされてきた。故三好保徳博士による戦前のザトウムシと戦後の多足類、戦後の故村上好央氏による多足類、故森川國康博士によるカニムシ類、石川和男博士のトゲダニ類、芝実氏によるケダニ類の分類研究などがそれである。今回の県版レッドリスト改訂作成にかかる種の選定作業では、両動物群(前回、対象範囲外だったダニ類を含む)に加え、同様の環境に出現する陸生(水生種も含む)の等脚(ワラジムシ)類や端脚(ヨコエビ)類も対象範囲に含めた。以下、個々の分類群ごとにその概要を記す。

クモガタ類

 クモ目:クモガタ綱中ではダニ目の次に種数が多く、日本では60科約1500種が記録されている。愛媛県産のクモに関する最古の科学的文献は、1914年、「科学世界」という雑誌に岸田久吉が書いたクモの分類の概説中のイヨグモの紹介(これが事実上、本種の原記載)、次に古いのが1933年の同著者による北条市高縄山からのマメイタイセキグモの日本初記録である。県単位の目録としてはながらく、 21科132種を掲載した高橋(1939)の「愛媛県産蜘蛛目録」が唯一であった。これは種名を列挙したもので、個々の種のデータは不詳であったが、近年、高橋氏が描いたクモの彩色スケッチが多量に見つかり、その内容が詳報されている(鶴崎・小林 2011, 2012)。また、鶴崎ら(2011)はその後の採集記録を含め46科382種の目録をまとめたが、その後、松山市内での調査で追加された12種(鶴崎ら2012)や未発表記録を含め現在では400種を超えている(種名まで確定しているもののみ。今後、調査が行き届けば少なくとも500種程度にまでは増えると見込まれる)。
 このうち、特筆すべきはイヨグモ“Prodidomus imaidzumii Kishida 1914”である。新種記載のもとになった雌1個体は、1913年9月15日に大洲市の人家で植物研究家の今泉虎雄氏により採集された。その後、すでに100年間、本県からは再発見されていないが、全国的にも、他には大阪府、和歌山県、宮崎県、熊本県で1例ずつ古い記録があるのみである(最新の熊本県で1991年)。かように最初から超希少種であるため、レッドリストへの掲載は適当ではない。しかし再発見が切望されるクモであることにはかわりない。本種は屋内徘徊性で、これまでの発見場所は長期間開けなかったひきだしの中などだという。体長5㎜内外で、左右に4個ずつ倒三角形状に並ぶ眼の配列に特徴がある。なお、本種は、現在では北米で記載されたProdidomus rufus Hentz 1847のシノニムとされている(Platnick & Baehr 2006)。国外でも北米・南米・中国、ニューカレドニアなどで散発的な記録があるのみである。マメイタイセキグモも最初の報告以来、本県からは新たな記録がないが、やはりもとから稀産な種である。
 前回、県版レッドリストで選定されたクモは、環境省版リストにも掲載されているキシノウエトタテグモとキノボリトタテグモの2種のみであったが、今回、準絶滅危惧で新たに、ワスレナグモ、コガネグモ、イソタナグモの3種を追加した。ワスレナグモは愛媛県ではごく最近に生息が確認されたばかりの種であるが、生息地は局地的とみられ、動向には注意が必要である。コガネグモは、南予では“クモ合戦”とよばれる子供の遊びにも使われた大型のクモであるが、1960年代以降の里山周辺の環境変化により近年は個体数が減少している。イソタナグモは生息地である自然海岸の減少率から本ランク相当と判断した。今回、要注意種というカテゴリーが追加されたことにともなって、ダイセンヤチグモとサラガミネヤミサラグモの2種を追加した。前者は愛媛県が国内の南限生息地、後者はほぼ愛媛県固有種であるが、愛媛県内の生息域がかなり限定的である。
 愛媛県をタイプ産地とするクモは、サラガミネヤミサラグモ以外にもヒメナミハグモ、ラカンホラヒメグモなど13種ある(鶴崎ら 2011)。これらの中には他にも生息域が県内の一部に局限される可能性のあるものもあるが、多くは調査不十分で、今回は選定できなかった。
 ザトウムシ目:寸胴の豆粒のような体に著しく長い8本の歩脚をもつ、おもに山地の森林に生息する虫である。眼は常に2個。この類については皿ケ嶺を舞台に戦前、戦中にかけて三好保徳博士が活発な研究を展開した。また同時期から広島大の佐藤井岐雄・鈴木正将の両博士によっても石鎚山の材料が精力的に研究された。その結果、現在、愛媛県から記録される11科30種の本類のうち8種は愛媛県内にタイプ産地がある(鈴木・国田 1972,鶴崎 2012他)。タイプ産地の数のみでなく、県あたりの種数でも他県を圧倒している(調査が進んでもこの種数に到達する県はほとんどないと推定される)。これらの中にはイヨアカザトウムシ(松山市湯山、皿ケ嶺、伊予市谷上山から合計5個体が見つかっているのみ)やトミシマニセタテヅメザトウムシ(県内では面河山の1記録のみ)など、記録の極端に少ないものがあるが、今回は、生息地の減少や局限、あるいは県内での形質の地理的分化が明らかな8種のみを選定した。  カニムシ目:サソリの尻尾を取って小さくしたような姿の虫で、土壌リターや、樹皮下などに見つかる。日本からは現在までに11科約60種が知られる。日本産の本類の分類は森川國康博士によって開拓された。愛媛県からはこれまでに8科27種(亜種を含めると36型)が記録されているが(Morikawa 1960, 佐藤・山本 2000, 鶴崎 2012など)、この中には県内にタイプ産地をもつものが9種ふくまれる(亜種を含めると12:これらの亜種には、分布状況から判断すると、動物における今日の亜種の定義には整合しないものが少なからず含まれる。今後再検討されれば独立種か種内多型かのいずれかに変更される可能性が高い)。洞穴性の種には分布が局限されるものがある。たとえば、ラカンツノカニムシは西予市野村町羅漢穴がタイプ産地であるが(Morikawa 1957)、これまで他の洞穴からは知られていない(やはり同洞穴をタイプ産地とするラカンホラヒメグモが愛媛県から高知県にかけての多数の洞穴に広く分布するのとは好対照である)。羅漢穴での本種の現状は不明であるが、生息地の局限の度合いが非常に高いので要注意種とした。また、自然海岸の海に面する崖地などに生息するイソカニムシとコイソカニムシは自然海岸の減少の度合いから準絶滅危惧相当と判断し準絶滅危惧として選定した。  サソリモドキ目:日本では南西諸島と九州南部に1科2種を産する大型(尾部を含めた体長は大きいもので約50㎜)のクモガタ類で、一見サソリのように見える体形だが、尾が鞭状になっているのが特徴。2種のうち、徳之島以北の琉球列島と九州南部に分布するアマミサソリモドキは高知県西南部の幡多郡大月町にも生息確認地があり、高知県版レッドデータブックでは絶滅危惧IB類(EN)に指定されている(中山 2002)。本種は愛媛県でも今治市の一部で1990年以後連続して確認されており、定着しているもようである(青木・杉山 1995)。しかし、今治市の集団はまず間違いなく人為分布であるので、レッドデータブックへの掲載は考慮しなかった。

以上の執筆者:鶴崎展巨


 ダニ目: ダニは全世界で約6万種、日本国内では約2000種記録されているが、実際にはその10倍以上の種が生息していると推測されている。愛媛県からは今までに584種が記録されている(石川 2014ほか)。
 ダニの体長は約0.3~1㎜(マダニを除く)で4対の脚をもつ。動物や植物に危害を与えるダニはきわめて僅かで、大多数はリター層で落葉・落枝・朽ち木・腐植質などの分解者、線虫や微小な昆虫等の捕食者として生態系の中で重要な役割を果たしている。地上のほか地下浅層、洞窟、淡水中、海水中など地球上の多様な環境に適応して生息している。
 自然環境の改変、例えば大規模な植林、河川改修、都市造成等によりダニ類の生息環境は大きな影響を受けたが、海岸のコンクリート護岸は生息環境を消滅させた。県内の生息実態調査はほとんどされておらず、レッドリスト種の選定は困難であるが、今回はツノクロツヤムシ(準絶滅危惧NT)に特異的に付着しているミヤタケクロツヤムシダニを選んだ。

執筆者:石川和男


多足類

 ヤスデ綱:森林の土壌リター中に生息し、落葉や菌類を主食とする動物である。日本からは10目33科約300種が知られる。この類については、日本人として初めて多足類の分類に本格的に取り組んだ高桑良興博士の仕事を継承し、戦後、三好保徳博士が、また1960年代以後は村上好央氏が愛媛県において活発な分類学的研究をおこなった(詳細は多足類懇談会会誌TakakuwaiaのNos. 28, 29を参照)。愛媛県からはこれまでに7目16科52種(亜種を含め53型)が確認されているが(村上 1972,鶴崎 2012など)、うち29種のタイプ産地が愛媛内にある。これらには洞穴性のものをはじめとして愛媛県固有種と考えられるものも多い。しかし、残念ながら分布調査が十分とは言い難いので、今回は、トリデヤスデを準絶滅危惧で、イシイオビヤスデとイヨノコギリヤスデの2種を情報不足で選定するにとどまった。3種ともタイプ産地が愛媛県内にあるが(Takakuwa 1943, 三好1955, Murakami 1976)、うち、トリデヤスデとイシイオビヤスデのタイプ産地の集団は消失している。
 ムカデ綱:ヤスデとともに大型で種数・個体数ともによく目立つ土壌動物であるが、捕食者である点が大きくことなる。日本に4目10科約140種が記録されている。ヤスデ類とともに、三好・村上両氏によって精力的に研究され、9種のタイプ産地が愛媛県内にある。県内からは種名が確定しているもののみで、これまで4目9科42種が知られる。ムカデ相解明では先進県といえるが、分布調査は不十分で、レッドリスト掲載相当の種は特定できなかった。
 エダヒゲムシ綱:9対の歩脚をもつ小型(体長0.5〜2㎜)の多足類で、触角が枝分かれしているのが特徴。菌食。土壌中に生息するがツルグレン装置以外では採集が難しい。日本には1目3科約30種がこれまでに記録されている。萩野(2000)は小田深山周辺から25種を記録しているが、種名まで確定している愛媛県既知種は1目2科11種である(萩野 2000など)。本類と次のコムカデ綱についても、調査不十分でレッドリスト掲載に該当する種は見いだせなかった。
 コムカデ綱:体長10㎜以下の小型・白色のムカデ綱に似た多足類で土壌リター中に生息。ビーズを連ねたような触角と、体後端の1対の三角状突起に注意すると、ムカデ綱とは容易に区別できる。菌食。現在のところ日本には1目2科3種が記録されのみで、うち2科2種は県内でも記録されている(石井・山本 2000)。

執筆者:鶴崎展巨


甲殻類等脚目(ワラジムシ目)

 等脚目甲殻類は元来海産の動物群であるが、甲殻類の中では大々的に陸上や淡水に進出した仲間である。したがって、その生息場所は温度のほか、湿度や塩分などの環境要因に大きく依存するものが多い。しかも、陸産種では歩行性で移動力が比較的小さいものが多く、陸水種にも地下水種の種類数が多く、分布が狭いものが多い。
 一方、人間の営為による自然界の著しい変貌によりオカダンゴムシやホソワラジムシなどヨ―ロッパ起源と考えられる種が都市や農村をはじめとする人間営為の及ぶ環境で優占していることが多く、湿潤な環境の喪失や競合により在来種が減少している可能性が高い。したがって、原生林や規模が大きく長く続いている社寺林、そのほか大きな林や地下水の調査、本県の多くの離島部での調査が進めば、RDB掲載種についてもさらなる見直しが必要になると思われる。
   この動物群は本県では、小田深山周辺で陸産種について10種が(布村・山本 2000)、また、松山市内の地下水から3種が(Matsumoto 1960)報告されている。全体としては分類学的研究が遅れ、生息状況の調査もあまりなかったが、今回、RDB掲載種の選定にむけてある程度まで調査を進め、11新種を含む約50種を報告した(Nunomura 2013)。これに既報告の種を含めると本類の愛媛県での既知種数は現時点で61である。
 現在まで愛媛県で知られている種のうち、海岸の特別な環境にすむニホンハマワラジムシ(Nunomura 1984)、ニッポンヒイロワラジムシ(Nunomura 1986)は減少していると考えられる。また、淡水種のウエナセルス・イヨエンシス(Matsumoto 1960、 松本 1973)、陸産種のイヨチビヒメフナムシ(Nunomura 1983)、オダミヤマサトワラジムシ、フトゲコシビロダンゴムシ(Nunomura 2013)は既知の分布域がきわめて限られ、形態の独自性が顕著なので、個体数の減少や環境悪化が認識できていないものの愛媛県もしくは四国近隣での固有種の可能性が高いと考えられるため要注意種(AN)とした。
 なお、布村(Nunomura 2013)で報告された11新種のうち、ハンテンハヤシワラジムシ、ヤマモトハヤシワラジムシ、ウスイロハヤシワラジムシ、 イシカワサトワラジムシ、 ナンカイサトワラジムシ、テコナサトワラジムシの6種、ならびに陸水種のサイジョウコツブムシも愛媛県外から未報告の種であるが、近隣地域での研究が遅れているために固有である可能性を判断する材料に乏しいため、今回は対象から外した。

執筆者:布村 昇


甲殻類端脚目(ヨコエビ目)

 ヨコエビ目は海域、汽水域、淡水域から陸域まで幅広く生息するが、特に海域で多様性の高い生物である。体長は1㎝程度と小型で、左右どちらかの面を下にして移動する種が多く、ヨコエビの語源となっている。エビと名が付くが、十脚類のエビとは近縁ではなく、等脚目などに近いグループである。愛媛県の海域からは、アゴナガヨコエビ、カギメリタヨコエビ、モクズヨコエビ、ニッポンモバヨコエビ、ラモンドヒゲナガの5科4属5種が報告されている(Nagata 1965a, b, c)。地下水からはシコクメクラヨコエビが報告されている(毛利 2004)。陸域に出現するヨコエビのグループはハマトビムシ科のみである。愛媛県からのハマトビムシ類の記録はトゲオカトビムシのみであるが(森野 2000)、森野浩博士の私信および筆者の調査から、愛媛県にはニホンオカトビムシ、ミナミオカトビムシ、オカトビムシの3種も分布することが分かっている(未発表)。しかし、愛媛県におけるヨコエビ類の研究は非常に遅れており、各種の分布や生態についてはほとんどわかっていない。今後の調査により未記録種が見つかる可能性は大きい。

執筆者:富川 光


協力者名簿:クモガタ類等分科会の構成員と協力員は次のとおりである(敬称略)。
分科会員:石川和男、石川春子、井原 庸、布村 昇、毛利俊樹、鶴崎展巨、富川 光(五十音順)。
協力員:水本孝志。写真協力者:田辺 力。このほか、次の方に生息情報収集などでご協力いただいた:小林真吾。