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昆虫類

  • 概要
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  • 用語解説

概 要

はじめに

 誰しも認めるように昆虫は最大の生物群であり、低次消費者として陸上生態系の基盤を構成し、生物多様性の核をなす存在である。一方、微少で、形態が類似する種も多く、同定に専門的知識を要するため、カイコとミツバチ以外はカブトムシやクワガタムシ、ホタル、チョウ、セミ、バッタの仲間などごく一部の昆虫を除いて、一般に関心を持たれることは少なく、もっぱら害虫として認識される場合が多い。しかし多様な種を包含する昆虫は、その種数に応じたニッチを獲得し、多様な生息環境に適応してきた。わずかな環境変化にも敏感に反応し、種構成の変化や、生息密度の増減などを起こすことは、他の生物と同様であるが、その多様さゆえに環境指標生物としての重要性は最も高いと言わざるを得ない。生物を通した環境監視、種の保存、生物多様性の保全は「多様な生物と共存していかない限り、人類の未来は保証されない」という切迫した危機感の上に立脚している。愛媛県民も100年後の人類、100年後の地球のことを考えて我々を取り巻く生物環境について考える時期に来ている。

レッドデータブック掲載種選定の概要

 昆虫は世界で約100万種、日本で約3万種が知られており、未記載種もきわめて多い。愛媛県からは今回のRDB改定にかかる調査で過去の文献や報告書を渉猟した結果、8000種あまりが記録されていることが分かった。もっとも、すべての文献や標本が調べられた訳ではないので、1万種近くの既知種がいることは確実で、未記録種、未記載種を含めると実際には2万種以上の昆虫が愛媛県に生息していると想定できる。これらの中からレッド種の選定を行う作業は容易なものではなく、それぞれ専門の異なる18名の分科会委員と後掲の30名の協力員の並々ならぬご努力なくしては到底成し得ないことであった。
 昆虫類では今回の見直しで、290種のレッド種と56種の要注意種(AN)が選定された。レッド種の内訳は絶滅(EX)8種、絶滅危惧I類43種(CR:5種、 EN:2種、 CR+EN:36種)、絶滅危惧II類(VU)63種、準絶滅危惧(NT)109種、情報不足(DD)67種である。2003年度版では151種(絶滅7種、絶滅危惧I類25種、絶滅危惧II類37種、準絶滅危惧47種、情報不足35種)であったので2倍近くに増えたことになる。このレッド種の増加は、必ずしも最近の10年間で愛媛県の自然環境が極端に悪化したということではない。平成24年に環境省が公表した第4次レッドリストの内容を反映させたことと、より細やかなフィールド情報が蓄積されてきたことによる。
 環境省の第4次レッドリストで新たに選定された種についてはそれぞれ検討され、愛媛県におけるデータで再評価された。評価に当たっては、環境省のレッドリストは全国的な減少傾向を反映しているとの前提に立ったため、愛媛県では顕著な減少が認められなくても、今後の環境改変による減少が確実に予想される場合はレッド種に選定したものがある。これらはキベリクロヒメゲンゴロウ、マルチビゲンゴロウ、マルヒラタガムシ、スジヒラタガムシ、コガムシなどである。もちろん環境省のレッドリストに入っていても愛媛県では安定した発生が続いており、当面はこの状態が保持されると予想される場合はレッドリストから外した。これらの種にはオモゴミズギワカメムシ、コオイムシ、ナカハラヨコバイ、アイヌハンミョウ、イトウハバチなどがある。また環境省のレッド種で、愛媛県でも記録があったり、標本が残っていたりする種であっても、レッド種に選定するための評価ができない場合は指定を見送った。これらにはキベリマメゲンゴロウ、スギハラベッコウ、ルリモンハナバチ、ヤネホソバなどがあり、今後十分なデータをそろえて次の改定時に再検討したい。
 環境省に限らず地方自治体のレッドリストは水生昆虫や水辺昆虫が占める割合が高い。水系環境は人間活動によって汚染されやすく、またしばしば保安上などの理由で大規模な人為的改変が行われるため、水生昆虫にレッド種が多いのは当然であるが、調査が容易で、生息状況が客観的に把握しやすいこともその一因である。今回の見直しでは幼虫期もしくは一生を通じて水中で生活する真性の水生昆虫の割合は、全レッド種中29%(85種)、これに水際や湿地、河川敷、河口、海岸などで多少とも水と関わる生活域をもっている水辺昆虫を加えると39%(113種)となる。そしてこれを絶滅危惧Ⅰ類に限定すると実に65%(43種中28種)が水生あるいは水辺昆虫である。  一方、陸生昆虫は評価が困難で、生息状況の客観的把握など不可能に近いため、環境省のレッドリストでも十分に検討されていない節がある。これらについては地方からの情報発信がきわめて重要であるとの認識から、つとめて選定を試みた。
 また、今回の選定では過去にきわめて普通であった環境指標種的な昆虫がこの10年、20年で明らかに減少したものに注意を払った。これらの種については今後増加することも十分考えられるが、次回の見直しで再評価することを前提に意図的に選定を試みた。これらの種にはヨシ原の指標種であるチャバネクビナガゴミムシ、里山林の指標種であるオオヒラタアトキリゴミムシ、オオヨツアナアトキリゴミムシ、ミツアナアトキリゴミムシ、ブナ帯の指標種であるキオビホソナガクチキ、セアカナガクチキなどがある。それぞれの環境に生息するこれらより稀な種はいくらでも指摘できるが、そのような稀種については原則として、減少要因に関する具体的情報がない限り掲載しなかった。これらをすべて拾うと際限がなくなるためである。
 絶滅種に関しては、全県的な調査結果に基づいて新たにハマスズを指定した。モートンイトトンボ、コバネアオイトトンボ、イトアメンボ、フサヒゲサシガメ、アオヘリアオゴミムシ、オオサカアオゴミムシ、コミズスマシ、ゲンゴロウ、コガタガムシ、チャマダラセセリなども近年、種によっては50年以上にわたって発見記録がなく、絶滅してしまった可能性が高いが、形式的な絶滅の判定基準を満たしていなかったり、調査不足であったり、情報の信頼性に欠ける部分があるなどの理由で今回は指定を見送らざるを得ず、絶滅危惧Ⅰ類にとどめた。そのような訳で、絶滅危惧Ⅰ類は、43種のうちの半数近くがすでに絶滅した可能性があると考えている。まだ生息が確認されている残りの種に関しては、今後我々が特に留意して生息状況の監視を行わなければならない。また今回の見直しで大幅に増加した絶滅危惧II類、準絶滅危惧、情報不足に認定された種についても、普段から生息状況や環境改変に関わる情報収集につとめなければならない。なお絶滅危惧Ⅰ類のチョウ類に関しては、絶滅危惧ⅠA類(CR)と絶滅危惧ⅠB類(EN)に分けて指定した。チョウ類は長年にわたる生息状況に関する綿密なデータが蓄積されているためである。
 また今回新たに設けられた要注意種(AN)というカテゴリーに56種を選定した。すべて模式産地が愛媛県内にあり、そのうちの44種が愛媛県固有種で、10種が高知県側にも分布地がある西四国固有種である。その大部分は洞窟や地下浅層に棲んでおり、地上とは異なり安定した環境であるので、絶滅のリスクは少ないが、局所的、限定的分布をする種であるだけに、大規模な環境改変には注意を払う必要がある。
 今回のRDB作成と、3年にわたるそのための調査にあたって、別記した分科会委員以外に、以下の方々には、調査、原稿執筆、写真提供、情報提供、データ入力、資料収集、資料整理などでご尽力、ご協力をいただいた。謹んで御礼申し上げる。
 有田忠弘、大黒雄貴、大林延夫、岡野良祐、小川 遼、甲斐達也、片山雄史、上石富一、桑田一男、酒井あけみ、志戸岡直希、菅谷和希、杉村光俊、千田喜博、惣中光太郎、高橋士朗、故田辺秀男、出嶋利明、豊島治朗、新田涼平、原 有助、故久松定成、平田智法、黄 聖和、藤井康隆、別府隆守、松田久司、村上広将、矢野和之、山内康史、山本栄治(あいうえお順、敬称略)。

執筆者:酒井雅博