淡水魚類

  • 概要
  • 参考文献

概 要

愛媛県の淡水魚類相

 愛媛県の陸水域から、本調査を含めてこれまでに198魚種が記録されている。分類群別で最も多いのはハゼ科魚類の46種、次いでコイ科魚類の30種である。生活型から見た内訳は、純淡水魚59種、通し回遊魚29種、周縁性淡水魚110種である。
 純淡水魚は一次的淡水魚49種、二次的淡水魚3種、陸封性淡水魚7種からなるが、愛媛県には隣接の香川県や対岸の山陽地方に見られる種の多く(ムギツク、カワバタモロコ、オヤニラミ、カワヒガイ、ツチフキ、ズナガニゴイ、スイゲンゼニタナゴ、カネヒラ、シロヒレタビラ、サンヨウコガタスジシマドジョウ、アユモドキ、カジカ大卵型など)が分布せず、種数が少ないことが特徴である。県内ではさらに、宇和海流入河川で純淡水魚の種数が減少する。1~2万年前の最終氷期には、備讃瀬戸よりも西側で瀬戸内海へ流入する中国、四国、九州地方の河川は互いに連絡して一つの大きな水系を形成していたと推定されており、その頃には少なくとも瀬戸内海斜面の純淡水魚では水系を通じた交流が起こり得たと思われるが、現在このように地域間で種組成の違いが生じている要因については明確でない。
 通し回遊魚は降河回遊魚4種、遡河回遊魚6種、両側回遊魚19種であり、主たるものはハゼ類を中心とした両側回遊魚である。降河回遊魚にはウナギ類とアユカケ、遡河回遊魚はイトヨ、シロウオなどがある。なお、本県瀬戸内海側で見られるウグイの降海型とサツキマスは、その生活史より遡河回遊魚に区分されることがあるが、いずれも回遊の規則性や回遊範囲など、その生態に不明な点が多い。
 周縁性淡水魚のうち、汽水性淡水魚は30種で、偶然あるいはしばしば河川に侵入してくる偶来性淡水魚は80種である。すなわち、本県陸水域から記録されている魚類の約40%は海産魚である。その種数は宇和海斜面で増加するが、これは宇和海斜面が複雑に入り組んだリアス式海岸で、内湾の入れ子状構造になっており、海産魚が河川域へ侵入しやすい構造であるためと考えられる。また、一般に低緯度地方ほど海産魚が淡水域へ侵入する傾向が強いこと、地理的に黒潮分流の影響下にあり、熱帯・亜熱帯域からの魚類の供給を受けやすいことも理由の一つであろう。   

愛媛県における淡水魚をとりまく現状

 本調査により、愛媛県に生息する淡水魚の25%が、絶滅に瀕する、あるいは情報不足で留意すべき種であることが判明した。偶来性淡水魚を除いた、陸水域に強く依存している在来淡水魚の種数で見ると、その割合は60%に達する。内訳は、絶滅2種、絶滅危惧Ⅰ類7種、絶滅危惧Ⅱ類12種、準絶滅危惧13種、情報不足16種である。分類群別に見るとハゼ亜目が46%と最も多く、生活型で見ると純淡水魚が42%と最も多い。これら魚種の減少要因は、河川改修による河道の直線化および河床の平坦化、水質汚濁、圃場整備、ダムなど横断工作物の設置や平常水量の減少による回遊経路の阻害、流域林の減少やスギ・ヒノキへの改植、埋め立てや宅地開発など様々である。圃場整備においては畦や水路のコンクリート化、用排水路の分離および直線化などが、水田や水路を産卵、生育の場にしていた魚類に影響を与えていると考えられる。また、松山平野の重信川流域にある多くの湧水池は、近年利水・親水整備や埋め立てにより魚類に対する環境が悪化している。湧水池は減水期における魚類の避難場所であり、繁殖や成育の場としても利用されており、湧水池の環境悪化が水系全体の生態系に与える影響は大きいと思われる。
 淡水魚を脅かすもう一つの問題として、移入種が挙げられる。本県淡水魚の20%が国内および国外からの移入種である。侵入のパターンには漁業協同組合や水産試験場など各種団体が公的に放流したもの(ニジマスやゲンゴロウブナ、ブルーギルなど)、個人あるいは組織が非公式に放流・遺棄したもの(イワナ類やオオクチバスのほか、タナゴ類、メダカ類、国外産の観賞魚など)、放流魚に混入して非意図的に侵入したもの(琵琶湖周辺由来の多くの魚種)、養殖魚が野外へ逸出したもの(タイリクスズキ、チョウザメ類)などがある。県の内水面漁業調整規則では、県内に生息しない水産動物を許可無く放流することを禁じている。
 オオクチバスやブルーギルは現在県下各地のダム湖、野池など陸水域の大部分に拡がっており、在来種に影響を与えている。いくつかの県では再放流の禁止を定めているが、本県では導入禁止のみに留まっている。近年新たな脅威として注目されているコクチバスは、オオクチバスよりも流水・冷水に適応しており、止水や緩流域のみならず河川の広範囲で在来魚に影響を与えると推定されている。現在のところ、県下での記録はないが、すでに密放流により侵入している可能性はあるため、警戒、留意すべきである。
 漁業協同組合などが資源増殖のために行うアユやアマゴなどの放流についても、在来個体群に配慮されているとは言いがたく、攪乱を引き起こしている可能性がある。今後、在来個体群の有効利用も視野に入れた放流のあり方を検討する必要があるだろう。また、こうした放流に混入して県下に分布を拡げた移入種の多くは、近縁在来種との交雑、遺伝的攪乱、在来種との競合などを引き起こしており、これからの放流事業はこの点にも充分留意すべきである。
 メダカ類やニシキゴイの放流が県下各地で美談としてメディアに取り上げられている現状も、誤った自然観の形成として憂慮すべきである。メダカ類の放流は善意の保護行為に見えるが、産地や飼育のあり方などを考慮しないと地域固有性の攪乱や近交弱勢、適応価の低下を招くことが指摘されている。ニシキゴイについては、それ自体が人為の産物であることに加え、環境の攪乱や在来種との競合を引き起こすことなどが問題である。我々が保全すべきは流域生態系の一翼を担う在来淡水魚の多様性であり、見た目の美観や形だけの増殖、利己的な利用を狙った無思慮な放流は生態系保全に繋がらないことを認識する必要がある。 

執筆者:清水孝昭

愛媛県レッドデータブック編集委員会 淡水魚類分科会調査体制

【分科会員】(座長以下50音順) *:座長、**:執筆者
・清水 孝昭(愛媛県水産研究センター栽培資源研究所)*,**
・井上 幹生(愛媛大学大学院理工学研究科)**
・川西 亮太(愛媛大学大学院理工学研究科)**
・渋谷 雅紀(住鉱テクノリサーチ株式会社)
・高木 基裕(愛媛大学南予水産研究センター)
・高橋 弘明(西日本科学技術研究所)**
・辻  幸一(愛媛県立八幡浜高等学校)**
・畑  啓生(愛媛大学大学院理工学研究科)**
・松本 浩司(愛媛大学附属高等学校)
・三宅  洋 (愛媛大学大学院理工学研究科)
・水野 晃秀(宇和島水産高等学校)**

協力者(50音順、敬称略)
【現地調査協力】
愛媛大学
青木新吾・板野賢大・市川将永・今田慎太郎・上田琢磨・江川典之・大内魁人・岡 辰彦・奥谷孝弘・尾野裕基・神谷暢彦・河口拓紀・清原祐司・久門伸司・栗尾佳孝・桑原明大・潮見礼也・末國仙理・高尾勇斗・田頭亮臣**・竹林佑記・多田真也・田辺恵一・手古祥太・土肥竜太・友澤 寛・登山賢斗・中村仁駿・南口哲也・西谷隆宏・濵岡秀樹・平林勲・福家 柔・藤井明日香・藤田知功・冨士見佳門・松木康祐・松田太樹・松葉成生**・水上裕介・宮本真司・守口祥平・山崎久美子・山下功太郎・山根直也・吉田元貴・吉見翔太郎・吉村研人・渡辺幸三

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