本文
富田信高画像
南予
絵画
江戸時代
アートや工芸の美に触れる
| 区分・種別 |
県指定
有形文化財
絵画
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|---|---|
| 時代 | 江戸時代
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| よみ | とみたのぶたか いっぷく
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| 名称 | 富田信高画像 1幅
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| 所在地 | 宇和島市宇和津町1丁目
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| 所有者 | 大隆寺
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| 管理団体 | |
| 指定年月日 | 昭和29年11月24日
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解説
この画像は縦91センチメートル、横43.7センチメートルで絹本著色、掛軸仕立である。画家は不明であるが、寛永14(1637)年8月付けで雪窓宗崔和尚(妙心寺156代住職、豊後臼杵多福寺に住)の賛があり、その賛文によれば富田信高の旧臣梶田一正が主をしのんで、画家に描かせたものとある。
この画像は、信高の壮年期の衣冠姿が繊細に描かれている。信高は、江戸時代初期の武将で、慶長13年(1608)に伊勢国安濃津から転封により伊予板島(今の宇和島)10万石の領主になったが、その後慶長18年(1613)に石見国(いわみのくに)津和野(つわの)城主坂崎直盛(さかざきなおもり)との争いで改易された。
この画像は、信高の壮年期の衣冠姿が繊細に描かれている。信高は、江戸時代初期の武将で、慶長13年(1608)に伊勢国安濃津から転封により伊予板島(今の宇和島)10万石の領主になったが、その後慶長18年(1613)に石見国(いわみのくに)津和野(つわの)城主坂崎直盛(さかざきなおもり)との争いで改易された。
所在地
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