本文
富田知信画像
南予
絵画
安土・桃山時代
アートや工芸の美に触れる
| 区分・種別 |
県指定
有形文化財
絵画
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|---|---|
| 時代 | 安土・桃山時代
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| よみ | とみたとものぶ いっぷく
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| 名称 | 富田知信画像 1幅
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| 所在地 | 宇和島市宇和津町1丁目
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| 所有者 | 大隆寺
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| 管理団体 | |
| 指定年月日 | 昭和29年11月24日
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解説
この画像は縦91センチメートル、横44.4センチメートルで絹本著色、掛軸仕立である。画家は不明であるが、慶長4(1599)年11月付けで春屋宗園(しゅんおくそうえん)和尚(大徳寺112代住職)の賛がある。
富田知信の晩年の僧形姿が描かれたもので、彼は豊臣秀吉に近臣として仕え、伊勢安濃津(い せ あ の つ)5万石に封ぜられ、慶長4(1599)年10月に亡くなった。知信の子富田信高は、関ケ原の戦いで功績を認められ、幕府から伊予板島(今の宇和島)10万石を賜り、入府すると亡父知信供養のため正眼院(現金剛山大隆寺)を創建した。この時に画像が寄進されたものと伝えられている。
富田知信の晩年の僧形姿が描かれたもので、彼は豊臣秀吉に近臣として仕え、伊勢安濃津(い せ あ の つ)5万石に封ぜられ、慶長4(1599)年10月に亡くなった。知信の子富田信高は、関ケ原の戦いで功績を認められ、幕府から伊予板島(今の宇和島)10万石を賜り、入府すると亡父知信供養のため正眼院(現金剛山大隆寺)を創建した。この時に画像が寄進されたものと伝えられている。
所在地
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