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板碑

ページID:0137489 更新日:2026年3月3日 印刷ページ表示
中予
建造物
南北朝時代
荘厳で神秘的
板碑の画像
板碑の画像
詳細情報
区分・種別
県指定
有形文化財
建造物
時代
南北朝時代
よみ
いたび いっき
名称
板碑 1基
所在地
松山市小浜
所有者
松山市
管理団体
指定年月日
昭和29年11月24日

解説

 この板碑は、大浦港から長師の浜へ行く途中の小さな峠に建立されている。地上高160cm、幅30㎝、厚さ22㎝の凝灰岩製である。碑面下部には稚拙な地蔵尊が刻され、中央部には大文字で地蔵の種字(しゅじ)梵字(ぼんじ)が刻されている。さらにその上部に、比較的小さい文字で次の造立の年紀銘がある。
「文中元年壬子八月日」(注 文中元年は1372年)
 中島では、南北朝のころ、忽那一族が南北朝の2派に分かれていた。「文中」の年号は南朝の年号であり、この場所から長師の浜へ約300m行くと、そこには北朝年号の「貞治」を刻んだ石造遺品がみられる。かつての伊予水軍の根拠地であったこの島に、わずかな距離で南北朝両者の年号を用いた碑があるということは、当時の南北朝史の縮図を物語っているようである。