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大山祇神社宝篋印塔

ページID:0137481 更新日:2026年3月3日 印刷ページ表示
東予
建造物
鎌倉時代
荘厳で神秘的より深く学べる(ガイダンス・展示施設等隣接)
大山祇神社宝篋印塔の画像
大山祇神社宝篋印塔の画像
詳細情報
区分・種別
国指定
重要文化財
建造物
時代
鎌倉時代
よみ
おおやまづみじんじゃほうきょういんとう
名称
大山祇神社宝篋印塔 3基
所在地
今治市大三島町宮浦
所有者
大山祇神社
管理団体
指定年月日
昭和27年11月22日

解説

 大山祇神社の境内に、一遍上人(いっぺんしょうにん)由縁と伝えられる宝篋印塔が3基並んでいる。いずれも花崗岩製で中央のものが一番大きく、蓮弁(れんべん)を基礎下と上2段に備え合わせて3段にした造りである。また相輪(そうりん)上部の請(うけばな)花は逆にたれさがり特異な形をとっている。総高394cm余りである。
 両側の2基は、中央のものよりやや小形であり、左端のものは3基の中で最も簡素な造りであるが、いずれも極めてよく均整のとれた容姿で、様式、技法すべてが鎌倉時代の特色を備えている。
 この宝篋印塔は、もともと亀井八幡神社左方の丘陵上(篠塚公園)に建てられていたが、のち現在地に移したといわれている。
 2段の基壇上に立ち総高192cm、基壇を含めると238cmの花崗岩製である。地元では南北朝時代の武将篠塚伊賀守の墓として崇敬しているが、造立の沿革についての資料はなく不明である。
 基礎には格狭間(ごうざま)を3面に彫り、塔身には梵字(ぼんじ)が刻まれている。笠の四隅にある突起は一枚石で作られている。
 保存状態はよく、基礎や笠の突起部にわずかな破損がみられる程度である。銘文は読解不能であるが、形式や手法など鎌倉時代末期の特色をよく表わしたものである。