本文
大山祇神社本殿(宝殿)
東予
建造物
室町時代
荘厳で神秘的より深く学べる(ガイダンス・展示施設等隣接)
| 区分・種別 |
国指定
重要文化財
建造物
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|---|---|
| 時代 | 室町時代
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| よみ | おおやまづみじんじゃほんでん(ほうでん) いっとう
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| 名称 | 大山祇神社本殿(宝殿) 1棟
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| 所在地 | 今治市大三島町宮浦
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| 所有者 | 大山祇神社
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| 管理団体 | |
| 指定年月日 | 明治37年8月29日
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解説
大山祇神社は、愛媛県最大の離島で最北に位置する大三島にあり、社伝によれば大宝年間(701~704年)に、越智玉澄(おちたまずみ)が勅裁を受け社殿を造営、霊亀2(716)年に完成したという。その後、伊予の豪族である河野氏が大山積神を氏神として祭祀(さいし)したので、厚く保護された。一般には航海の神と崇(あが)められ、また、軍神としても崇拝されることが多かった。
本殿は三間(さんげん)社(しゃ)流造(ながれづくり)、檜皮葺(ひわだぶき)である。桁行3間(7.96m)、梁間3間(8.06m)とほとんど同じで正方形に近く、平面積は64.16㎡である。木割は大きく、柱はすべて円柱を使用している。屋根は箱棟鬼板付で、軒は二重垂木(だるき)となっており豪壮な建造物である。
本殿は室町時代初期に焼失し、その後再建されたもので、墨書から応永34(1427)年の建築であることがわかる。
縁の両側の後部の突き当たりに透彫りの袖塀があることや、懸魚(げぎょ)及び蟇股(かえるまた)の優秀なことなど、当時の特色を伝えている。
本殿は三間(さんげん)社(しゃ)流造(ながれづくり)、檜皮葺(ひわだぶき)である。桁行3間(7.96m)、梁間3間(8.06m)とほとんど同じで正方形に近く、平面積は64.16㎡である。木割は大きく、柱はすべて円柱を使用している。屋根は箱棟鬼板付で、軒は二重垂木(だるき)となっており豪壮な建造物である。
本殿は室町時代初期に焼失し、その後再建されたもので、墨書から応永34(1427)年の建築であることがわかる。
縁の両側の後部の突き当たりに透彫りの袖塀があることや、懸魚(げぎょ)及び蟇股(かえるまた)の優秀なことなど、当時の特色を伝えている。
所在地
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