本文
宝篋印塔(野間・長円寺跡)
東予
建造物
鎌倉時代
荘厳で神秘的
| 区分・種別 |
国指定
重要文化財
建造物
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|---|---|
| 時代 | 鎌倉時代
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| よみ | ほうきょういんとう いっき
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| 名称 | 宝篋印塔 1基
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| 所在地 | 今治市野間
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| 所有者 | 野間部落
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| 管理団体 | |
| 指定年月日 | 昭和29年3月20日
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解説
通称長円寺と呼ばれる廃寺跡、今は畑の中だが、1基の宝篋印塔がある。2段の基壇をもち、総高360cm、基壇を含めると4mにも及ぶ花崗岩製の大きな石塔で、均整がよく豪壮雄大である。
基礎4面には鎌倉様式の格狭間(ごうざま)を彫り、その上部には2段の造り出しがみられ、受座は蓮弁をかたどっている。塔身は3面が無地で、背面に大きく次の銘文が刻まれている。「南無到来尊師 弥勒佛 正中二乙丑五月日 願主比丘尼□阿 当寺本願長円口也」(注 正中2年は1325年)
笠の四隅にある突起、相輪の宝珠、蓮弁ともに整い鎌倉時代の代表的な作品である。本塔は末法思想に関連のある弥勒信仰のために造られた点が興味深い。
基礎4面には鎌倉様式の格狭間(ごうざま)を彫り、その上部には2段の造り出しがみられ、受座は蓮弁をかたどっている。塔身は3面が無地で、背面に大きく次の銘文が刻まれている。「南無到来尊師 弥勒佛 正中二乙丑五月日 願主比丘尼□阿 当寺本願長円口也」(注 正中2年は1325年)
笠の四隅にある突起、相輪の宝珠、蓮弁ともに整い鎌倉時代の代表的な作品である。本塔は末法思想に関連のある弥勒信仰のために造られた点が興味深い。
所在地
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