本文
禅蔵寺薬師堂
南予
建造物
安土・桃山時代
荘厳で神秘的
| 区分・種別 |
県指定
有形文化財
建造物
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|---|---|
| 時代 | 安土・桃山時代
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| よみ | ぜんぞうじやくしどう いっとう
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| 名称 | 禅蔵寺薬師堂 1棟
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| 所在地 | 宇和島市津島町上畑地
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| 所有者 | 宇和島市
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| 管理団体 | |
| 指定年月日 | 昭和57年3月19日
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解説
この建物は、一辺3間(桁行5.61メートル、梁間5.62メートル)一重、宝形造(ほうぎょうづくり)、茅葺である。創建は室町時代末期とされ、その様式を残して江戸時代中期に再建された。一見素朴な草庵風の建物である。外まわりの柱上には組物を乗せず、柱、軒、外壁、諸組等が華美ではない。柱、花頭窓(かとうまど)、軒材等は創建当時の材であることがうかがわれる。内部意匠は来迎柱(らいごうばしら)、大虹梁(だいこうりょう)、大瓶束(たいへいづか)を備える禅宗様三間堂で、特に花頭窓は禅宗様の古い形のものである。
建築の年代を推定する資料として、後世に書かれた板札があるが、それには天正年間(1573~92)とある。しかしこの寺の伝説では、天文9(1540)年ごろ畑地鶴ケ森の鶴御前のため津島城主越智通孝が祈願寺として建立したと伝えられている。
昭和63年度、平成元年度の2か年で解体修理が行われた。
建築の年代を推定する資料として、後世に書かれた板札があるが、それには天正年間(1573~92)とある。しかしこの寺の伝説では、天文9(1540)年ごろ畑地鶴ケ森の鶴御前のため津島城主越智通孝が祈願寺として建立したと伝えられている。
昭和63年度、平成元年度の2か年で解体修理が行われた。
所在地
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