本文
雲門寺厨子
中予
建造物
安土・桃山時代
荘厳で神秘的
| 区分・種別 |
県指定
有形文化財
建造物
|
|---|---|
| 時代 | 安土・桃山時代
|
| よみ | うんもんじずし いっき つけたり しんぞういっく
|
| 名称 | 雲門寺厨子 1基 附 神像1躯
|
| 所在地 | 松山市本谷
|
| 所有者 | 雲門寺
|
| 管理団体 | |
| 指定年月日 | 昭和40年12月24日
|
解説
雲門寺は、河野氏の一族南通武(横山城主)が釈海翁を開山として創建したといわれ、代々南氏の菩提寺であった。河野氏の滅亡で衰微したが、江戸時代中期に釈古鏡が中興し、その時、天台宗から現在の黄檗宗とした。
この厨子は純和様で、後方壁板の銘文によると、元亀2(1571)年に六地蔵尊を安置するため、雲門寺塔頭(たっちゅう)宝珠院に設けられたもので「願文沙弥慶秀(しゃみけいしゅう)大工貞吉」の名が記されている。
隅木(すみぎ)、舟肘木(ふなひじき)、木舞(こまい)、棟の面取りなどに室町時代の様式をもち、高さ61cm、桁行60cm、梁間40cmのヒノキ造りの小型厨子である。厨子内部には、河野通忠の神像(高さ25cm)が安置されている。当初は地蔵尊を祭っていたが、いつのころからか通忠の像を納めるようになったという。
この厨子は純和様で、後方壁板の銘文によると、元亀2(1571)年に六地蔵尊を安置するため、雲門寺塔頭(たっちゅう)宝珠院に設けられたもので「願文沙弥慶秀(しゃみけいしゅう)大工貞吉」の名が記されている。
隅木(すみぎ)、舟肘木(ふなひじき)、木舞(こまい)、棟の面取りなどに室町時代の様式をもち、高さ61cm、桁行60cm、梁間40cmのヒノキ造りの小型厨子である。厨子内部には、河野通忠の神像(高さ25cm)が安置されている。当初は地蔵尊を祭っていたが、いつのころからか通忠の像を納めるようになったという。
所在地
地図の読み込みに関する問題が発生したとき<外部リンク>






