本文
稲荷神社楼門
中予
建造物
江戸時代
荘厳で神秘的
| 区分・種別 |
県指定
有形文化財
建造物
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|---|---|
| 時代 | 江戸時代
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| よみ | いなりじんじゃろうもん いっとう
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| 名称 | 稲荷神社楼門 1棟
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| 所在地 | 伊予市稲荷
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| 所有者 | 伊予稲荷神社
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| 管理団体 | |
| 指定年月日 | 昭和44年2月18日
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解説
楼門は鳥居をくぐってすぐのところにある。三間一戸(さんげんいっこ)で屋根は入母屋造(いりもやづくり)、本瓦葺である。その容姿はよく均整がとれている。手法は和様と禅宗様の様式を兼ねそなえ、蟇股には桜・唐草など思い思いの浮彫りが施され、桃山風が表われている。柱はすべて円柱で、下部に粽をつけ礎盤をそなえている。伊予の名工といわれた余戸の治部(ぢぶ)の作と伝えられ、次のような楼門棟札が残っている。
寛文二壬寅年
奉造稲荷神社楼門 玉体安穏太守武運氏子繁昌之所
九月吉日 正遷宮神主高市大太夫藤原盛芳
寛文2(1662)年は江戸時代初期である。神社の他の社殿は元禄13(1700)年の火災で焼け、翌年再建されて今日に至っている。
寛文二壬寅年
奉造稲荷神社楼門 玉体安穏太守武運氏子繁昌之所
九月吉日 正遷宮神主高市大太夫藤原盛芳
寛文2(1662)年は江戸時代初期である。神社の他の社殿は元禄13(1700)年の火災で焼け、翌年再建されて今日に至っている。
所在地
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