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旧広瀬氏庭園
東予
名勝
明治時代大正時代
春におすすめ夏のおすすめ秋におすすめ冬におすすめフォトジェニックな場所ノスタルジックな気分にひたる愛媛の偉人を知るより深く学べる(ガイダンス・展示施設等隣接)
| 区分・種別 |
国指定
記念物
名勝
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|---|---|
| 時代 | 明治時代大正時代
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| よみ | きゅうひろせしていえん
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| 名称 | 旧広瀬氏庭園
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| 所在地 | 新居浜市上原2丁目
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| 所有者 | 新居浜市
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| 管理団体 | |
| 指定年月日 | 平成30年2月13日
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解説
愛媛県東部,大永山 から燧灘に流れ込む国領川とその支流によって形成された扇状地上部の台地に位置し,新居浜市上原 に所在する。この地は明治時代半ばに,別子銅山支配人や住友家総理人を務めた広瀬宰平 の本邸が設けられたところで,庭園の地割は,本邸まわり,亀池,南庭 の3つに区分され,それぞれ主たる造営・整備の時期に照応する。本邸まわりの庭園は,主屋と新座敷の東側に広がる内庭,主屋・新座敷・新土蔵に囲まれた中庭,新座敷の茶室前の()露地,その西側の西庭 から成り,明治23(1890)年の別子開坑200年祭までに迎賓空間としてその全体が整えられた。
主庭たる内庭は,新座敷の手前から,芝生の緩斜面,中島を擁する園池,樹林に覆われた築山を配して奥行を演出し,園池に土橋風の石橋を渡して築山に飛び石を打ち,散策するように設えられている。亀池は,嘉永4(1851)年に泉屋住友家により築造されたもので,明治24(1891)年から明治27(1894)年にかけて周遊路や千歳島などが築造された。南庭は,宰平の長男・満正 により父祖顕彰の場として大正時代に整備された。明治時代半ばから大正時代にかけて造営を重ね,迎賓・祝祭・顕彰の場を兼ね備えた近代日本における地方の庭園文化発展を示す重要な事例である。
主庭たる内庭は,新座敷の手前から,芝生の緩斜面,中島を擁する園池,樹林に覆われた築山を配して奥行を演出し,園池に土橋風の石橋を渡して築山に飛び石を打ち,散策するように設えられている。亀池は,嘉永4(1851)年に泉屋住友家により築造されたもので,明治24(1891)年から明治27(1894)年にかけて周遊路や千歳島などが築造された。南庭は,宰平の長男・満正 により父祖顕彰の場として大正時代に整備された。明治時代半ばから大正時代にかけて造営を重ね,迎賓・祝祭・顕彰の場を兼ね備えた近代日本における地方の庭園文化発展を示す重要な事例である。
所在地
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