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臥龍山荘庭園
南予
名勝
明治時代
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| 区分・種別 |
国指定
記念物
名勝
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|---|---|
| 時代 | 明治時代
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| よみ | がりゅうさんそうていえん
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| 名称 | 臥龍山荘庭園
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| 所在地 | 大洲市大洲ほか
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| 所有者 | 大洲市ほか
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| 管理団体 | |
| 指定年月日 | 令和3年10月11日
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解説
臥龍山荘庭園は大洲の旧城下町東部の外れに位置する。この付近は肱川が蛇行しながら北へ流れ、淵と瀬を形成している。庭園はその淵に面する左岸の崖の上にあり、北東から南にかけて肱川とその河原が、その外側を山々が囲んでいる。
臥龍山荘庭園は、新谷(現・大洲市新谷)出身の貿易商河内寅次郎(1853~1909)が明治後期に造営したものである。建物と庭園のある崖の上の平場は南北に細長く、北側に臥龍院、南端に懸造の不老庵などの建築物が造られている。臥龍院から不老庵までは飛石や延段の園路がのび、不老庵の座敷からは、肱川が大きく方向を変えて淵をなし、眼下を流れゆく様が見える。蛇行する肱川の向こうには、冨士山(とみすやま)、梁瀬山(やなせやま)、亀山等が周りを取り囲むように裾を重ね、壮大な景観が広がる。また、肱川に浮かぶ蓬莱山及び臥龍の淵近辺は人々の観賞の対象になっており、現在まで大洲を代表する景観の一つであり続けている。
臥龍山荘庭園は、周辺の景観を大きく取り込んで空間を構成している点が極めて独創的で、また周辺から見える姿も人々の観賞の対象となっており、芸術上及び鑑賞上の価値、日本庭園史における学術上の価値は高い。
臥龍山荘庭園は、新谷(現・大洲市新谷)出身の貿易商河内寅次郎(1853~1909)が明治後期に造営したものである。建物と庭園のある崖の上の平場は南北に細長く、北側に臥龍院、南端に懸造の不老庵などの建築物が造られている。臥龍院から不老庵までは飛石や延段の園路がのび、不老庵の座敷からは、肱川が大きく方向を変えて淵をなし、眼下を流れゆく様が見える。蛇行する肱川の向こうには、冨士山(とみすやま)、梁瀬山(やなせやま)、亀山等が周りを取り囲むように裾を重ね、壮大な景観が広がる。また、肱川に浮かぶ蓬莱山及び臥龍の淵近辺は人々の観賞の対象になっており、現在まで大洲を代表する景観の一つであり続けている。
臥龍山荘庭園は、周辺の景観を大きく取り込んで空間を構成している点が極めて独創的で、また周辺から見える姿も人々の観賞の対象となっており、芸術上及び鑑賞上の価値、日本庭園史における学術上の価値は高い。
所在地
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