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旧広瀬家住宅

ページID:0137424 更新日:2026年3月3日 印刷ページ表示
東予
建造物
江戸時代明治時代
夏のおすすめフォトジェニックな場所ノスタルジックな気分にひたるより深く学べる(ガイダンス・展示施設等隣接)
旧広瀬家住宅の画像
旧広瀬家住宅の画像
詳細情報
区分・種別
国指定
重要文化財
建造物
時代
江戸時代明治時代
よみ
きゅうひろせけじゅうたくななとう つけたり しんどぞう・にしざしきわきやいっとう うらもんいっとう じんりきしゃごやいっとう
おもや
しんざしき つけたり むなふだいちまい
はなれ
かなものぐら・こめぐら
もんばんしょ
いぬいぐら
おもてもん
名称
旧広瀬家住宅7棟 附 新土蔵・西座敷脇屋1棟 裏門1棟 人力車小屋1棟
主屋
新座敷 附 棟札1枚
離れ
金物蔵・米蔵
門番所
乾蔵
表門
所在地
新居浜市上原2丁目
所有者
新居浜市
管理団体
指定年月日
平成15年5月30日

解説

 旧広瀬家住宅は、別子銅山近代化の中心的役割を果たし、住友家(本店)の初代総理人(そうりにん)を務めた広瀬宰平(ひろせさいへい)の建設した住宅です。明治20年代に移築・新築併せて全体が整備されました。
 敷地の東側に「表門」を開き、その西奥に「主屋(附 新土蔵・西座敷脇屋1棟、人力車小屋1棟)」が建ち、これに続いて「新座敷(附 棟札1枚)」、「離れ」を設けるほか、敷地周囲に「乾蔵」、「金物蔵・米蔵」、「門番所」を配しています。2階建の「主屋」は、新居浜金子に2階座敷を望煙楼(ぼうえんろう)と称し、地元大工真鍋儀兵衛が建築。その後の新居浜上原(現在地)への「主屋」移築・改築工事及び「新座敷」の建築は、大阪の大工棟梁2代目八木(やぎ)甚兵衛(じんべえ)の手によって施工されました。いずれも数寄屋(すきや)風(ふう)の意匠を凝らした上質なつくりです。
 旧広瀬家住宅は敷地内の建築がほぼすべて残り、改造もほとんどなく、明治中期の大規模和風建築の姿を今日に伝える遺構として貴重です。
 「主屋」及び「新座敷」は、眺望を意識した部屋を複数持つなど、住宅機能のみに留まらず迎賓館としての役割を兼ね備えた構成も特徴的であり、高い価値があります。