本文
岩谷遺跡
南予
史跡
縄文時代
より深く学べる(ガイダンス・展示施設等隣接)
| 区分・種別 |
県指定
記念物
史跡
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|---|---|
| 時代 | 縄文時代
|
| よみ | いわやいせき
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| 名称 | 岩谷遺跡
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| 所在地 | 鬼北町岩谷
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| 所有者 | 鬼北町
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| 管理団体 | |
| 指定年月日 | 昭和57年3月19日
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解説
岩谷遺跡は、広見川東岸の河岸段丘上にある縄文時代後期の遺跡である。この遺跡は上下2段に分かれており、どちらからも多数の縄文時代後期の土器や石器が発見された。特に下段の遺跡からは、直径4.5mの環状列石(かんじょうれっせき)や組石等の配石遺構が検出されている。
四万十川の支流である広見川は、勾配のきわめてゆるやかな河川で、淡水魚ばかりでなくナガエバ(アジの一種)等の海水魚も生息する豊かな河川である。このような自然環境や遺構を総合的に検討した結果、現在ではこの配石遺構は、豊漁を祈念した祭祠(さいし)遺構ではないかと考えられている。出土遺物には、祭儀用と見られるペンダント風の石製装飾品も含まれている。
東日本にはこのような配石遺構は多いが、西日本では数が少なく貴重である。
四万十川の支流である広見川は、勾配のきわめてゆるやかな河川で、淡水魚ばかりでなくナガエバ(アジの一種)等の海水魚も生息する豊かな河川である。このような自然環境や遺構を総合的に検討した結果、現在ではこの配石遺構は、豊漁を祈念した祭祠(さいし)遺構ではないかと考えられている。出土遺物には、祭儀用と見られるペンダント風の石製装飾品も含まれている。
東日本にはこのような配石遺構は多いが、西日本では数が少なく貴重である。
所在地
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