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高野長英の隠れ家

ページID:0137799 更新日:2026年3月3日 印刷ページ表示
南予
史跡
江戸時代
ノスタルジックな気分にひたる愛媛の偉人を知る
高野長英の隠れ家の画像
高野長英の隠れ家の画像
詳細情報
区分・種別
県指定
記念物
史跡
時代
江戸時代
よみ
たかのちょうえいのかくれが
名称
高野長英の隠れ家
所在地
西予市宇和町卯之町
所有者
西予市
管理団体
指定年月日
昭和23年10月28日

解説

 高野長英(1804~1850)は陸奥国(むつのくにみずさわ)水沢(現在の岩手県奥州市)に生まれる。天保10(1839)年「蛮社の獄(ばんしゃごく)」で投獄され、弘化元(1844)年獄舎の火災を機に脱獄し、幕府の厳しい探索を逃れるため江戸から逃亡した。嘉永元(1848)年には宇和島藩主伊達宗城(だてむねなり)の保護によって、伊東瑞渓(いとうずいけい)と変名して宇和島藩に滞在し後学に大きな影響を与えた。嘉永2(1849)年、シーボルト門下の学友二宮敬作(にのみやけいさく)をたよって卯之町(うのまち)(現在の西予市宇和町卯之町)に来た長英を、敬作は裏庭の離れ2階にかくまった。裏庭の離れの間取りは、1階に6畳と3畳の間、2階に4畳半の間(床の間と押入れ付き)であった。現在では1階部分が朽(く)ちたため取り除かれ、隠れ家として利用された2階部分が平屋建として保存されている。