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高野長英の隠れ家
南予
史跡
江戸時代
ノスタルジックな気分にひたる愛媛の偉人を知る
| 区分・種別 |
県指定
記念物
史跡
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| 時代 | 江戸時代
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| よみ | たかのちょうえいのかくれが
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| 名称 | 高野長英の隠れ家
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| 所在地 | 西予市宇和町卯之町
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| 所有者 | 西予市
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| 管理団体 | |
| 指定年月日 | 昭和23年10月28日
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解説
高野長英(1804~1850)は陸奥国(むつのくにみずさわ)水沢(現在の岩手県奥州市)に生まれる。天保10(1839)年「蛮社の獄(ばんしゃごく)」で投獄され、弘化元(1844)年獄舎の火災を機に脱獄し、幕府の厳しい探索を逃れるため江戸から逃亡した。嘉永元(1848)年には宇和島藩主伊達宗城(だてむねなり)の保護によって、伊東瑞渓(いとうずいけい)と変名して宇和島藩に滞在し後学に大きな影響を与えた。嘉永2(1849)年、シーボルト門下の学友二宮敬作(にのみやけいさく)をたよって卯之町(うのまち)(現在の西予市宇和町卯之町)に来た長英を、敬作は裏庭の離れ2階にかくまった。裏庭の離れの間取りは、1階に6畳と3畳の間、2階に4畳半の間(床の間と押入れ付き)であった。現在では1階部分が朽(く)ちたため取り除かれ、隠れ家として利用された2階部分が平屋建として保存されている。
所在地
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