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庚申庵

ページID:0137759 更新日:2026年3月3日 印刷ページ表示
中予
史跡
江戸時代
春におすすめフォトジェニックな場所ノスタルジックな気分にひたるファミリーで楽しめる
庚申庵の画像1
庚申庵の画像2
庚申庵の画像1
庚申庵の画像2
詳細情報
区分・種別
県指定
記念物
史跡
時代
江戸時代
よみ
こうしんあん
名称
庚申庵
所在地
松山市味酒町2丁目
所有者
松山市
管理団体
指定年月日
昭和24年9月17日

解説

 庚申庵(こうしんあん)は江戸時代の天明(1781~1789)から寛政年間(1789~1801)にかけて活躍した俳人栗田樗堂(くりたちょどう)の草庵である。庵は床の間4畳半、中の間3畳、奥の間2畳よりなり、南側2間半、東に1間、西に2間の廊下と北側に1坪の雪隠(せっちん)がつく木造本瓦葺平屋建8.23坪の簡素な小家屋である。
 寛政12(1800)年の創建で一部改修があるが、ほぼ原形をとどめ、樗堂時代の面影を止めている。また、南側に隣接して46坪ほどの風雅な小庭があり、フジが有名である。「庚申」の名については、庚申年の創建で付近に青面金剛の小祠があったことによるといわれる。
 樗堂は松山の豪商豊前屋後藤昌信(ごとうまさのぶ)の三男に生まれ、酒造業栗田家に入って本業に精励するとともに明和8(1771)年から19年間町政に重きをなした。この間俳譜に傾倒し、京都の加藤暁台(かとうぎょうだい)に教えを受け焦風(しょうふう)復興運動に尽力した。