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中江藤樹の邸跡

ページID:0137779 更新日:2026年3月3日 印刷ページ表示
南予
史跡
昭和時代(昭和20年(1945)まで)
ノスタルジックな気分にひたる愛媛の偉人を知る
中江藤樹の邸跡の画像1
中江藤樹の邸跡の画像2
中江藤樹の邸跡の画像1
中江藤樹の邸跡の画像2
詳細情報
区分・種別
県指定
記念物
史跡
時代
昭和時代(昭和20年(1945)まで)
よみ
なかえとうじゅのやしきあと
名称
中江藤樹の邸跡
所在地
大洲市大洲
所有者
愛媛県
管理団体
指定年月日
昭和23年10月28日

解説

 大洲城は、東に肱川、西に久米川が流れる標高約40mの小丘に築造された平山城で、地蔵ヶ岳(じぞうがたけ)城、亀ケ岡(かめがおか)城、大津城などと呼ばれた。
 元弘年間(1331~1334)以来、宇都宮、戸田、藤堂、脇坂、加藤の諸氏が城主となった。
 元和3(1617)年、加藤貞泰(さだやす)が大津(大洲)6万石の領主として入府し、以後、廃藩まで加藤家13代の居城となった。城は丘陵頂部を本丸、その下段を二の丸とし、西と南には内堀を設ける。その外側が三の丸で周囲には外堀があった。城郭の規模は東西約300m、南北約430mあり、天守のほかに20棟近い櫓があった。現在、城跡には本丸を中心とする石垣と櫓4棟(いずれも重要文化財)、内堀の一部が遺構として残り、このうち本丸と二の丸の一部を史跡に指定している。
 平成16(2004)年、本丸に4層4階の天守を、発掘結果や古写真、江戸期の模型を参考にしながら忠実に復元した。