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子規堂(附埋髪塔)

ページID:0137758 更新日:2026年3月3日 印刷ページ表示
中予
史跡
明治時代現代(昭和20年(1945)から現在)
ノスタルジックな気分にひたる愛媛の偉人を知る
子規堂(附埋髪塔)の画像1
子規堂(附埋髪塔)の画像2
子規堂(附埋髪塔)の画像3
子規堂(附埋髪塔)の画像1
子規堂(附埋髪塔)の画像2
子規堂(附埋髪塔)の画像3
詳細情報
区分・種別
県指定
記念物
史跡
時代
明治時代現代(昭和20年(1945)から現在)
よみ
しきどう つけたり まいはつとう
名称
子規堂(附埋髪塔)
所在地
松山市末広町
所有者
正宗寺
管理団体
指定年月日
昭和23年10月28日

解説

 俳人正岡子規(まさおかしき)は、松山市新玉町に生まれたが、まもなく湊町4丁目1番地に移り、17歳で上京するまでこの居宅に住んだ。彼の死後、居宅の一部を近くの正宗寺(しょうじゅうじ)の境内に移し、子規堂と名付けた。その後2度の火災にかかり、現在のものは旧宅を模して、昭和21(1946)年に再建されたものである。
 総建坪151㎡木造平屋建、玄関が4畳、北に茶の間3畳、奥に8畳の書院、その北に6畳の間があり、玄関の南に3畳の小部屋がある。子規は少年時代この小部屋で勉強に励んだ。
 また、同境内に明治37(1904)年9月建立の子規の埋髪塔(まいはつとう)がある。これは子規の三年忌に、生前親交のあった正宗寺の住職仏海(俳号一宿(いっしゅく))が遺髪を埋めて建立したもので、花崗岩の拝石は高さ81cm、幅94cm、正面に彫られている子規像と文字は、彼の親友であった下村為山(しもむらいざん)の筆になるものである。