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仰西渠

ページID:0137796 更新日:2026年3月3日 印刷ページ表示
中予
史跡
江戸時代
愛媛の偉人を知る
仰西渠の画像1
仰西渠の画像2
仰西渠の画像1
仰西渠の画像2
詳細情報
区分・種別
県指定
記念物
史跡
時代
江戸時代
よみ
こうさいきょ
名称
仰西渠
所在地
久万高原町西明神
所有者
久万高原町
管理団体
指定年月日
昭和25年10月24日

解説

 仰西渠(こうさいきょ)は、江戸時代の明暦(1655~1658)から寛文年間(1661~1673)のころ久万川(くまがわ)の上流、天丸川(てんまるかわ)に沿って安山岩の岩盤を掘削して造られた用水路である。その長さ57m、幅2.2m、深さ1.5mで、川水を取り入れて下流の水田25ヘクタールを潤している。
 旧久万町村の商家山田屋の山之内彦左衛門(やまのうちひこざえもん)が私財を投じて掘ったもので、彦左衛門の号「仰西(こうさい)」にちなんで、水路を仰西渠(こうさい きょ)と名づけた。
 当時の久万町村・入野村は用水源に乏しく、西明神村の天丸川に堰(せき)をもうけ樋(ひ)をつないで取水したが、破損しやすく経費と労力を空費していた。そこで彦左衛門は恒久策として水路の切り開きを計画し、石のみと槌だけで3か年かけて完成したという。多くの人を雇い、岩を砕いた石くず1升に米1升を交換して励ましたりして、工事のために私財をほとんど無くしたという。
 現地の丘に明治10(1877)年「仰西渠之碑」が建立され徳をたたえている。