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船山古墳群
東予
史跡
古墳時代
自然を堪能できる
| 区分・種別 |
県指定
記念物
史跡
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|---|---|
| 時代 | 古墳時代
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| よみ | ふなやまこふんぐん
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| 名称 | 船山古墳群
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| 所在地 | 西条市小松町新屋敷
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| 所有者 | 三島神社
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| 管理団体 | |
| 指定年月日 | 昭和37年11月1日
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解説
四国八十八か所61番札所の香園寺(こうおんじ)と国道11号線にはさまれた場所に、東西約300m、南北約100mの独立丘陵がある。その形が船の形に似ていることから船山と呼ぼれている。
この丘陵には三嶋神社と20基の古墳があったが、原形をとどめているものは10基ほどである。残りのものは指定前に崩れたまま現在におよんでいる。
社殿は、嘉永7(1854)年に新宮より現在地に移され、その造成時に須恵器(すえき)、耳環(じかん)、勾玉(まがたま)が出土したので、それらを一括して神社裏に再埋納して花陵霊社としてまつっている。崩れていた古墳は横穴式石室であるが、現存する古墳とは主軸方向が違い、やや古いとされている。また、東部と西部の古墳群にも主軸方向の違いがみられるなど、古墳の築造方法などを知る上で貴重な遺跡とされている。
この丘陵には三嶋神社と20基の古墳があったが、原形をとどめているものは10基ほどである。残りのものは指定前に崩れたまま現在におよんでいる。
社殿は、嘉永7(1854)年に新宮より現在地に移され、その造成時に須恵器(すえき)、耳環(じかん)、勾玉(まがたま)が出土したので、それらを一括して神社裏に再埋納して花陵霊社としてまつっている。崩れていた古墳は横穴式石室であるが、現存する古墳とは主軸方向が違い、やや古いとされている。また、東部と西部の古墳群にも主軸方向の違いがみられるなど、古墳の築造方法などを知る上で貴重な遺跡とされている。
所在地
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