本文
弓削島荘遺跡
東予
史跡
鎌倉時代南北朝時代室町時代
自然を堪能できる
| 区分・種別 |
国指定
記念物
史跡
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|---|---|
| 時代 | 鎌倉時代南北朝時代室町時代
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| よみ | ゆげじまのしょういせき
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| 名称 | 弓削島荘遺跡
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| 所在地 | 越智郡上島町
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| 所有者 | 愛媛県ほか
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| 管理団体 | 上島町
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| 指定年月日 | 令和3年10月11日
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解説
弓削島荘遺跡は、瀬戸内海の芸予諸島の東端に位置する上島諸島に属する弓削島及びその北東に浮かぶ百貫島とその周辺海域からなる、12~15世紀に経営された荘園遺跡である。荘園は平安時代後期に存在し、鎌倉時代前期の延応元年(1239)以降は東寺領(教王護国寺(京都市))の荘園となった。「東寺百合文書」等に関係史料が多数残り、塩を貢納した荘園として、日本中世史研究上著名である。
上島町教育委員会が平成28年度から令和2年度にかけて実施した弓削島荘総合調査に基づき、荘園に関わる東泉寺、高浜八幡神社、願成寺、弓削神社、定光寺、揚浜式塩田であったと考えられる大田林( おおたなばし)の塩浜、及び弓削島の北東に位置し漁業が行われた百貫島とその周辺海域を指定する。文書にみられる塩浜、寺社など荘園時代の痕跡が今も遺存しており、中世の荘園の具体的様相を知る上で稀有な事例であるとともに、瀬戸内海における中世の製塩業の実態や、瀬戸内海の海上交通を知る上でも重要である。
上島町教育委員会が平成28年度から令和2年度にかけて実施した弓削島荘総合調査に基づき、荘園に関わる東泉寺、高浜八幡神社、願成寺、弓削神社、定光寺、揚浜式塩田であったと考えられる大田林( おおたなばし)の塩浜、及び弓削島の北東に位置し漁業が行われた百貫島とその周辺海域を指定する。文書にみられる塩浜、寺社など荘園時代の痕跡が今も遺存しており、中世の荘園の具体的様相を知る上で稀有な事例であるとともに、瀬戸内海における中世の製塩業の実態や、瀬戸内海の海上交通を知る上でも重要である。
所在地
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