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久米官衙遺跡群 久米官衙遺跡 来住廃寺跡

ページID:0137720 更新日:2026年3月3日 印刷ページ表示
中予
史跡
飛鳥時代奈良時代平安時代
久米官衙遺跡群 久米官衙遺跡 来住廃寺跡の画像1
久米官衙遺跡群 久米官衙遺跡 来住廃寺跡の画像2
久米官衙遺跡群 久米官衙遺跡 来住廃寺跡の画像3
久米官衙遺跡群 久米官衙遺跡 来住廃寺跡の画像1
久米官衙遺跡群 久米官衙遺跡 来住廃寺跡の画像2
久米官衙遺跡群 久米官衙遺跡 来住廃寺跡の画像3
詳細情報
区分・種別
国指定
記念物
史跡
時代
飛鳥時代奈良時代平安時代
よみ
くめかんがいせきぐん (くめかんがいせき きしはいじあと)
名称
久米官衙遺跡群 久米官衙遺跡 来住廃寺跡
所在地
松山市来住町・南久米町
所有者
松山市ほか
管理団体
松山市
指定年月日
昭和54年4月21日

解説

 久米官衙遺跡群(久米官衙遺跡 来住廃寺跡)は、松山平野の東部、来住台地(きしだいち)と呼ばれる河岸段丘(かがんだんきゅう)上の東西500m×南北400mに広がる官衙(かんが)関連遺跡である。
 これまでに確認された主な施設は、7世紀前半から中頃の中枢施設である政庁(せいちょう)や7世紀中頃から8世紀後半頃まで機能していたと思われる正倉院(しょうそういん)、用途