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永納山城跡

ページID:0137728 更新日:2026年3月3日 印刷ページ表示
東予
史跡
飛鳥時代
春におすすめ自然を堪能できる
永納山城跡の画像1
永納山城跡の画像2
永納山城跡の画像3
永納山城跡の画像4
永納山城跡の画像5
永納山城跡の画像1
永納山城跡の画像2
永納山城跡の画像3
永納山城跡の画像4
永納山城跡の画像5
詳細情報
区分・種別
国指定
記念物
史跡
時代
飛鳥時代
よみ
えいのうさんじょうあと
名称
永納山城跡
所在地
西条市河原津・今治市孫兵衛作 外
所有者
国ほか
管理団体
西条市教育委員会
指定年月日
平成17年7月14日

解説

 愛媛県中部、高縄半島(たかなわはんとう)の東付け根に所在する古代山城跡。北方の来島海峡は、古くから瀬戸内海の交通、軍事等の要衝となっている。永納山城跡は、永納山とその北西部に位置する医王山(いおうさん)の2つの独立した山塊上に立地する。両山ともに尾根筋から尾根斜面にかけて岩盤の露出が顕著であり、垂直に切り立った露岩により絶壁となる場所もみられる。永納山城跡の外郭線(がいかくせん)は、尾根の傾斜に沿うように東西約470m、南北約720mの範囲で巡らしており、全長は約2.5kmを測る。絶壁状に切り立つ岩盤を巧みに利用したもので、小ぶりの列石(れっせき)を一段置いた上に土塁を構築することを基本とする。他に、水門や城門があった可能性が指摘されている。
 永納山城跡はその構造と他の類例から7世紀後半頃に築造された古代山城と考えられ、対外関係が緊張した時代に瀬戸内海防衛の一翼を担い、畿内地方への侵攻を食い止める目的で築造された可能性が高い。7世紀の対外関係を示す遺跡として重要である。