本文
伊予遍路道(圓明寺境内)
中予
史跡
室町時代江戸時代
荘厳で神秘的
| 区分・種別 |
国指定
記念物
史跡
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|---|---|
| 時代 | 室町時代江戸時代
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| よみ | いよへんろみち えんみょうじけいだい
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| 名称 | 伊予遍路道(圓明寺境内)
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| 所在地 | 松山市和気町1丁目
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| 所有者 | 圓明寺
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| 管理団体 | |
| 指定年月日 | 令和7年9月18日
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解説
第53番札所圓明寺は、松山市和気町一丁目に所在する真言宗智山派の寺院である。創建は、寺伝によれば聖武天皇の勅願寺で、奈良時代まで遡るとされる。近世前期には豪族須賀氏によって復興され、四国霊場の札所としても位置付けられた。
境内は、寛政12年(1800)の『四国遍礼名所図会』の頃とは本堂位置等の伽藍配置に変更があるものの、17世紀建立の八脚門(県指定有形文化財〈建造物〉、昭和31年11月3日指定)を始め鎮守堂、中門など江戸期の建造物が現存し、往時の境内景観をよく遺し、史跡「伊予遍路道」の札所として重要な構成要素となっている。また、寺院には室町後期造立の本堂厨子(県指定有形文化財〈建造物〉、昭和31年11月3日指定)や松山市指定有形民俗文化財である銅製納札など多数の文化財が良好に保存、継承されている。
境内は、寛政12年(1800)の『四国遍礼名所図会』の頃とは本堂位置等の伽藍配置に変更があるものの、17世紀建立の八脚門(県指定有形文化財〈建造物〉、昭和31年11月3日指定)を始め鎮守堂、中門など江戸期の建造物が現存し、往時の境内景観をよく遺し、史跡「伊予遍路道」の札所として重要な構成要素となっている。また、寺院には室町後期造立の本堂厨子(県指定有形文化財〈建造物〉、昭和31年11月3日指定)や松山市指定有形民俗文化財である銅製納札など多数の文化財が良好に保存、継承されている。
所在地
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