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伊予遍路道(浄土寺境内)

ページID:0137747 更新日:2026年3月3日 印刷ページ表示
中予
史跡
奈良時代鎌倉時代南北朝時代室町時代江戸時代
荘厳で神秘的
伊予遍路道(浄土寺境内)の画像1
伊予遍路道(浄土寺境内)の画像2
伊予遍路道(浄土寺境内)の画像1
伊予遍路道(浄土寺境内)の画像2
詳細情報
区分・種別
国指定
記念物
史跡
時代
奈良時代鎌倉時代南北朝時代室町時代江戸時代
よみ
いよへんろみち じょうどじけいだい
名称
伊予遍路道(浄土寺境内)
所在地
松山市鷹子町
所有者
浄土寺
管理団体
指定年月日
令和5年3月20日

解説

 第49番札所浄土寺は、松山市鷹子町にある真言宗豊山派の寺院で、寺伝によれば、孝謙天皇(在位749~758年)の勅願寺として開創され、のち空海が荒廃した伽藍を再興し、法相宗の寺院だったのを真言宗の寺院としたという。10世紀中頃に空也上人(903~972年)が3年間滞留し、村人たちへの教化に努めたとされる。鎌倉時代には、源頼朝(1147~1199)が一門の繁栄を祈願して堂塔を修復したといわれる。現在も境内地は戦災等の被害を受けることもなく近世の『四国遍(へん)礼(ろ)霊場記(れいじょうき)』や『四国遍礼名所図会』に描かれた景観を保っている。
 なお、文明16年(1484)建立の本堂(附 厨子)及び鎌倉時代の空也上人立像が重要文化財に指定されている。