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伊予遍路道(浄土寺境内)
中予
史跡
奈良時代鎌倉時代南北朝時代室町時代江戸時代
荘厳で神秘的
| 区分・種別 |
国指定
記念物
史跡
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|---|---|
| 時代 | 奈良時代鎌倉時代南北朝時代室町時代江戸時代
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| よみ | いよへんろみち じょうどじけいだい
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| 名称 | 伊予遍路道(浄土寺境内)
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| 所在地 | 松山市鷹子町
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| 所有者 | 浄土寺
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| 管理団体 | |
| 指定年月日 | 令和5年3月20日
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解説
第49番札所浄土寺は、松山市鷹子町にある真言宗豊山派の寺院で、寺伝によれば、孝謙天皇(在位749~758年)の勅願寺として開創され、のち空海が荒廃した伽藍を再興し、法相宗の寺院だったのを真言宗の寺院としたという。10世紀中頃に空也上人(903~972年)が3年間滞留し、村人たちへの教化に努めたとされる。鎌倉時代には、源頼朝(1147~1199)が一門の繁栄を祈願して堂塔を修復したといわれる。現在も境内地は戦災等の被害を受けることもなく近世の『四国遍(へん)礼(ろ)霊場記(れいじょうき)』や『四国遍礼名所図会』に描かれた景観を保っている。
なお、文明16年(1484)建立の本堂(附 厨子)及び鎌倉時代の空也上人立像が重要文化財に指定されている。
なお、文明16年(1484)建立の本堂(附 厨子)及び鎌倉時代の空也上人立像が重要文化財に指定されている。
所在地
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