本文
浄土寺本堂
中予
建造物
室町時代
荘厳で神秘的
| 区分・種別 |
国指定
重要文化財
建造物
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|---|---|
| 時代 | 室町時代
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| よみ | じょうどじほんどう いっとう つけたり ずしいっき
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| 名称 | 浄土寺本堂 1棟 附 厨子1基
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| 所在地 | 松山市鷹子町
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| 所有者 | 浄土寺
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| 管理団体 | |
| 指定年月日 | 昭和28年3月31日
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解説
真言宗豊山(ぶざん)派の浄土寺は三蔵院ともいわれ、四国八十八か所49番札所である。縁起によれば孝謙天皇の勅願所となり、源頼朝の再興によって寺内8町四方に及んだが、応永23(1416)年兵火にかかって焼失したと伝えられている。文明14(1482)年に伊予守護河野通宣(みちのぶ)が伽藍再建工事を起こし、2年の歳月を費して現存の本堂が落成した。
この堂は桁行5間、梁間5間、一重、寄棟造、一軒、本瓦葺である。柱はすべて円柱で、前2間は外陣(げじん)となり蔀戸(しとみど)を隔てて内陣となっている。組物は、平三ツ(ひらみつ)斗(ど)、中備に間斗束(けんとづか)が使われており、全体の建築様式は、和様と禅宗様を折衷した室町時代の建造物である。
内陣正面にある一間厨子は、入母屋造、妻入り、板葺で、優美繊細、唐様の秀作である。この厨子に遍路の書いた落書きがあり、その最古のものは大永5(1525)年で、これによって製作年代を推定することができる。
この堂は桁行5間、梁間5間、一重、寄棟造、一軒、本瓦葺である。柱はすべて円柱で、前2間は外陣(げじん)となり蔀戸(しとみど)を隔てて内陣となっている。組物は、平三ツ(ひらみつ)斗(ど)、中備に間斗束(けんとづか)が使われており、全体の建築様式は、和様と禅宗様を折衷した室町時代の建造物である。
内陣正面にある一間厨子は、入母屋造、妻入り、板葺で、優美繊細、唐様の秀作である。この厨子に遍路の書いた落書きがあり、その最古のものは大永5(1525)年で、これによって製作年代を推定することができる。
所在地
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