本文
伊予遍路道(浄瑠璃寺境内)
中予
史跡
奈良時代室町時代安土・桃山時代江戸時代
荘厳で神秘的
| 区分・種別 |
国指定
記念物
史跡
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|---|---|
| 時代 | 奈良時代室町時代安土・桃山時代江戸時代
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| よみ | いよへんろみち じょうるりじけいだい
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| 名称 | 伊予遍路道(浄瑠璃寺境内)
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| 所在地 | 松山市浄瑠璃町
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| 所有者 | 浄瑠璃寺
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| 管理団体 | |
| 指定年月日 | 令和5年3月20日
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解説
第46番札所浄瑠璃寺は、松山市浄瑠璃町にある真言宗豊山派の寺院で、寺伝によれば、行基(668~749年)が和銅元年(708)に開基し、空海が荒廃していた寺院を復興したとされる。その後、兵火等により衰退するが、中世末期には伊予守護河野氏の重臣平岡通倚(ひらおかみちより)が、江戸時代中期には住職の堯音(ぎょうおん)(1732~1820)が諸堂を再興し、現在に至っている。
本堂、大師堂、鐘楼といった主要堂宇は江戸時代の建立で、発掘調査においても近世後期には存在していたと思われる土塀の基礎が発見されるなど、境内地は近世札所の姿を今に留めている。
本堂、大師堂、鐘楼といった主要堂宇は江戸時代の建立で、発掘調査においても近世後期には存在していたと思われる土塀の基礎が発見されるなど、境内地は近世札所の姿を今に留めている。
所在地
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