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岡村島の弓祈祷

ページID:0137712 更新日:2026年3月3日 印刷ページ表示
東予
現代(昭和20年(1945)から現在)
荘厳で神秘的
岡村島の弓祈祷の画像
岡村島の弓祈祷の画像
詳細情報
区分・種別
県指定
無形民俗文化財
時代
現代(昭和20年(1945)から現在)
よみ
おかむらじまのゆみきとう
名称
岡村島の弓祈祷
所在地
今治市関前岡村
所有者
弓術保存会
管理団体
指定年月日
平成12年4月18日

解説

 2月11日に宮浦姫子隝神社境内に設けられた射場で行われる行事で、悪魔祓いのために始まったといわれる。
 当日の行事は、早朝の「七度半の使い」から始まる。これは公文場(くもんば)の使いが、巻藁宿(まきわらやど)(弓の稽古場)へ射手衆(いてのしゅう)を迎えに行くが、7回行っても応じてもらえず、8度目行く途中、射手衆が射場に向かっているのに出会い、やっと役目が果たせるというものである。
 射場での神官の祓いの後、東西南北天地の六方に向かって矢を射る動作で悪魔祓いをし、鬼的に1度だけ矢を放つ。
 この後、射手衆の射となる。射手衆は、本来、宮浦・里浦集落から6名ずつ計12名選ばれ、大関のいる「大関組」と射太郎のいる「射太郎組(いたろうぐみ)」の2組に分かれる。射順は射太郎組からで、射太郎・射太郎脇・アカマ・オオアカマ・関裏脇・関裏の順、大関組は、射太郎裏・射太郎裏脇・オオアカマ・アカマ・関脇・大関の順に射る。
 弓を手にした6人は、揃って位置に着き、着物の片肌を颯爽と脱ぎ、小笠原流の射法に則って、11間先の的に向かって矢を射る。射太郎から順に6名が鬼的に1本ずつ矢を放ち、もう1度繰り返す。射太郎組が終わると大関組と交替し同様に2度矢を放つ。これを3回線り返すので、三度弓という。次に鬼的に25回射た後、本膳が出て二五度目式となる。
 その後、各種の的掛けとなり、網ホリ的、当家(とうや)の扇、金的、余興的、射止めの的、鼠的が順に掛かる。的掛けには的番がつく。これは男子2人の役であるが、1人は女装し、的の左右に立ち、的への当たり、外れを5色のダイ紙を使いながら告げる。また新しい的が掛かる度に、的の紹介をする。的に当てた時は花持ちが「当たり花」(祝儀袋)を射手の袖に入れる。
 射場での行事が終わると、太鼓のリズムに合わせて、射手衆は矢で弓を叩きながら伊勢音頭を歌いつつ神社に参拝し、その後、村中を巡り、当家で祝宴となる。
 由来は不詳であるが、大三島町の大山祇神社では、古くから「やぶさめ」が行われており、それが後に神官の往来とともに当地に伝わったのであろうといわれる。公文場の役人が行事の重要な役割を担う点など、大山祇神社の荘園の存在にまでさかのぼることを感じさせるものの、詳細は不明である。なお、江戸時代の元和年間(1615~24年)に現在の形式で行われるようになったといわれる。