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川名津の柱松神事

ページID:0137709 更新日:2026年3月3日 印刷ページ表示
南予
現代(昭和20年(1945)から現在)
荘厳で神秘的
川名津の柱松神事の画像
川名津の柱松神事の画像
詳細情報
区分・種別
県指定
無形民俗文化財
時代
現代(昭和20年(1945)から現在)
よみ
かわなづのはしらまつしんじ
名称
川名津の柱松神事
所在地
八幡浜市川上町川名津
所有者
川名津神楽保存会
管理団体
指定年月日
平成12年4月18日

解説

4月第3土曜日から翌日にかけて、川名津天満神社の春季祭礼で行われる特殊な厄火祓い行事で、江戸時代中期、この地に大火が相次いで起ったため、火難を恐れた村人たちが厄火祓いのため始めたと伝えられている。確実な史料としては、嘉永7(1854)年には川名津神楽と柱松神事が一体化して行われていた旨の記録が残っている。
 当日は、青年団やその年42歳を迎えた厄年の男性他が、早朝から長さ20メートル余りの柱松(現在は杉材)を伐採し、途中、柱松を海水で洗い清めた後、掛け声勇ましく神社に搬入する。その後、この柱松全体にわらを巻き、梯子を吊して、境内の中央に立て、最上部から四方綱を張り固定する。                          
 日没後、神楽の奉納が始まり、午後11時頃から神楽と一体化した「鎮火の舞」「四天の舞」「柱松登り」の神事が行われる。この神事の主役は大魔(だいま)で、長さ約2メートルの大松明を背負い、吊り梯子で柱松に登り、天下泰平・五穀豊穣・氏子繁栄・海上安全・鎮火を祈願し、竹と麻木でつくられた漏斗型の籠から丞相様(わらで作った祭神、菅原道真公)を地上に投下する。そして大松明を左右左と3度振りかざして、厄火祓いと鎮火を祈り、下の篝火の中に投げ下ろす。その後、大魔は東の網を伝って地上に降り、宮司が奉仕者全員に成就の祓いを行う。すべての行事を終了するのは、深夜午前1時過ぎである。