本文
正木の花とり踊り
南予
現代(昭和20年(1945)から現在)
荘厳で神秘的
| 区分・種別 |
県指定
無形民俗文化財
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|---|---|
| 時代 | 現代(昭和20年(1945)から現在)
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| よみ | まさきのはなとりおどり
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| 名称 | 正木の花とり踊り
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| 所在地 | 愛南町正木
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| 所有者 | 正木花とり踊り保存会
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| 管理団体 | |
| 指定年月日 | 平成12年4月18日
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解説
旧暦10月18日の篠山権現の祭礼日に、正木権現堂前・歓喜光寺境内・旧庄屋蕨岡(わらびおか)家の庭の3か所で演じられる採物踊りである。
はっきりとした起源は不明で、土佐との関係から戦国時代に始まったという説、村人が「花賀(はなが)」という悪者を花踊り戦術を使って討ち取り、その後、花賀の霊をなぐさめたという説、山伏の修験道芸能が念仏踊りに変化したなどの説がある。
踊りは、踊り手成人12人、鉦叩き2人、太鼓叩き少年2人により演じられる。踊り手は着物に獅子模様のついた野袴・鎧・篠山権現の紋章のある陣羽織をつけ、赤鉢巻・手甲・脚絆をし、素足に草履を履く。踊り場には約10メートル四方に注連縄を張り、その中央に長さ約4メートルの黒幟と紙幟を1本ずつ立てる。踊り手はその幟を中心にして円陣を組み、鉦打ちと太鼓は外側に位置し、住職が踊り場を水で清め「たいか、いかづちの如くにして、大いなる雲の如し、甘露の法を注いで煩悩の炎を滅却する」と3回繰り返し、踊りが始まる。
最初に円形になった12人の踊り手の中から、2人が中央の幟に向かって踊り、これを「イレハ」という。その後、12人全員が長刀踊りを踊り、最後は踊り手が大太刀6人、鎌6人に分かれ、向かい合って斬り合うように踊る。
この踊りは、歌詞も踊りも古風で、柔と剛の交錯する優美さが感じられる。
はっきりとした起源は不明で、土佐との関係から戦国時代に始まったという説、村人が「花賀(はなが)」という悪者を花踊り戦術を使って討ち取り、その後、花賀の霊をなぐさめたという説、山伏の修験道芸能が念仏踊りに変化したなどの説がある。
踊りは、踊り手成人12人、鉦叩き2人、太鼓叩き少年2人により演じられる。踊り手は着物に獅子模様のついた野袴・鎧・篠山権現の紋章のある陣羽織をつけ、赤鉢巻・手甲・脚絆をし、素足に草履を履く。踊り場には約10メートル四方に注連縄を張り、その中央に長さ約4メートルの黒幟と紙幟を1本ずつ立てる。踊り手はその幟を中心にして円陣を組み、鉦打ちと太鼓は外側に位置し、住職が踊り場を水で清め「たいか、いかづちの如くにして、大いなる雲の如し、甘露の法を注いで煩悩の炎を滅却する」と3回繰り返し、踊りが始まる。
最初に円形になった12人の踊り手の中から、2人が中央の幟に向かって踊り、これを「イレハ」という。その後、12人全員が長刀踊りを踊り、最後は踊り手が大太刀6人、鎌6人に分かれ、向かい合って斬り合うように踊る。
この踊りは、歌詞も踊りも古風で、柔と剛の交錯する優美さが感じられる。
所在地
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