ページの先頭です。 メニューを飛ばして本文へ
現在地 えひめの文化財(たから)トップページ > 萬翠荘(旧久松家別邸)

本文

萬翠荘(旧久松家別邸)

ページID:0137443 更新日:2026年3月3日 印刷ページ表示
中予
建造物
大正時代
フォトジェニックな場所ノスタルジックな気分にひたる
萬翠荘(旧久松家別邸)の画像1
萬翠荘(旧久松家別邸)の画像2
萬翠荘(旧久松家別邸)の画像3
萬翠荘(旧久松家別邸)の画像1
萬翠荘(旧久松家別邸)の画像2
萬翠荘(旧久松家別邸)の画像3
詳細情報
区分・種別
国指定
重要文化財
建造物
時代
大正時代
よみ
ばんすいそう(きゅうひさまつけべってい) にとう
ほんかん
かんりにんしゃ
名称
萬翠荘(旧久松家別邸)2棟
本館
管理人舎
所在地
松山市一番町
所有者
愛媛県
管理団体
指定年月日
平成23年11月29日

解説

 萬翠荘は、大正11年(1922年)に旧松山藩主の久松家が建設した洋風住宅です。敷地は松山城南麓に所在し、中腹に本館、南面する平地の正門に隣接して管理人舎があります。
 本館は、鉄筋コンクリート造の地上2階建、地下1階建です。左右対称を原則とした立面構成やマンサード屋根、連続アーチのバルコニーなど、フランス・ルネサンス様式を基調とします。
 設計は、建築家の木子七郎(きごしちろう)が行い、木彫家の相原雲楽(あいはらうんらく)や洋画家の八(や)木彩霞(ぎさいか)、装飾硝子作家の木内真太郎(きうちしんたろう)など、当時、各分野で活躍していた芸術家たちの参加を得て建設され、内部の装飾の意匠や各部屋の使用方法も含めて、高い統一性をもつ西洋式となっています。
 萬翠荘は、本格的なフランス・ルネサンス様式による近代の住宅建築で、日本人建築家による意匠的に優秀な建築作品です。また、県内で最初に導入された鉄筋コンクリート構造の建物であり、わが国における洋風住宅の受容と広がりを示すものとして重要です。