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大凧合戦
南予
現代(昭和20年(1945)から現在)
ファミリーで楽しめる
| 区分・種別 |
県指定
無形民俗文化財
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|---|---|
| 時代 | 現代(昭和20年(1945)から現在)
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| よみ | おおだこがっせん
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| 名称 | 大凧合戦
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| 所在地 | 内子町
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| 所有者 | 内子町
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| 管理団体 | |
| 指定年月日 | 昭和41年4月5日
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解説
この行事は、毎年5月5日の「凧節供」に小田川の豊秋河原(とよあきがわら)を舞台に行われる行事である。約130メートル幅の川をはさんで、五十崎地区方は右岸に、左岸の「ダバ」と呼ばれる草地に天神地区が位置して、川面を吹き抜ける春風を利して凧をあげ、相手方の凧綱を切るのを競う。
この近辺では、男児が初節供を迎える家々では、従来出生凧をあげて祝う習わしがあった。喜多郡六日市の庄屋日記、弘化4(1847)年ころの記録には「毎歳五(ご)月五(ご)日凧をあげ、六日市、八日市、福岡取り合いを致し争論仕り候」とある。
凧は縦1.3メートル、横1.5メートルの矩(く)形に真竹を骨とし麻ひもでくくり、特産の大洲和紙を張り付ける。凧には男児の名前や屋号を墨と色絵具で大書する。凧綱は麻糸をよって作り小指大の太さ、長さ約180メートルのものを用いる。この引き綱に相手方の引き綱を切るため「ガガリ」と呼ばれる鉄または真竹製の用具を取り付ける習わしになっている。
この近辺では、男児が初節供を迎える家々では、従来出生凧をあげて祝う習わしがあった。喜多郡六日市の庄屋日記、弘化4(1847)年ころの記録には「毎歳五(ご)月五(ご)日凧をあげ、六日市、八日市、福岡取り合いを致し争論仕り候」とある。
凧は縦1.3メートル、横1.5メートルの矩(く)形に真竹を骨とし麻ひもでくくり、特産の大洲和紙を張り付ける。凧には男児の名前や屋号を墨と色絵具で大書する。凧綱は麻糸をよって作り小指大の太さ、長さ約180メートルのものを用いる。この引き綱に相手方の引き綱を切るため「ガガリ」と呼ばれる鉄または真竹製の用具を取り付ける習わしになっている。
所在地
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