本文
顕手院文書
南予
書跡・典籍・古文書
室町時代
| 区分・種別 |
県指定
有形文化財
書跡・典籍・古文書
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|---|---|
| 時代 | 室町時代
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| よみ | けんじゅいんもんじょ につう
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| 名称 | 顕手院文書 2通
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| 所在地 | 西予市城川町魚成
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| 所有者 | 顕手院
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| 管理団体 | |
| 指定年月日 | 昭和46年4月6日
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解説
顕手院に2通の古文書があり、独立したものであったが、現在、1幅に軸装されている。
その1は、西園寺幕下の将竜ケ森城主魚成豊後守通親が、竜沢寺二世星文和尚を開山に自家の菩提所として開創した顕手院を、竜沢寺に寄進して末寺とした定書である。文明4(1472)年壬辰7月7日と通親の署名と花押がある。
その2は、兵衛次郎が領主綱親から買い取った土地を顕手院へ寄進した書状である。明応5(1496)年丙辰7月13日の日付と綱親の署名と花押がある。
ともに、宗教史の資料として、また、南予豪族に関する史料として貴重な文書である。
その1は、西園寺幕下の将竜ケ森城主魚成豊後守通親が、竜沢寺二世星文和尚を開山に自家の菩提所として開創した顕手院を、竜沢寺に寄進して末寺とした定書である。文明4(1472)年壬辰7月7日と通親の署名と花押がある。
その2は、兵衛次郎が領主綱親から買い取った土地を顕手院へ寄進した書状である。明応5(1496)年丙辰7月13日の日付と綱親の署名と花押がある。
ともに、宗教史の資料として、また、南予豪族に関する史料として貴重な文書である。
所在地
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