本文
興隆寺文書
東予
書跡・典籍・古文書
鎌倉時代南北朝時代室町時代
| 区分・種別 |
県指定
有形文化財
書跡・典籍・古文書
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|---|---|
| 時代 | 鎌倉時代南北朝時代室町時代
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| よみ | こうりゅうじもんじょ にかん だいいっかんぼうとう こうじにねんのぶんしょをのぞく
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| 名称 | 興隆寺文書 2巻 第1巻冒頭康治2年の文書を除く
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| 所在地 | 西条市丹原町古田
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| 所有者 | 興隆寺
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| 管理団体 | |
| 指定年月日 | 昭和30年11月4日
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解説
興隆寺は西山寺ともいい、真言宗醍醐派に属する古刹(こさつ)である。寺伝では平安時代初期の創建といい、文治3(1187)年源頼朝が寺領を寄進したとの伝承があるが、確証はない。現存の本堂(国指定重要文化財)は、文中4(1375)年に再興されたもので、鎌倉時代中期には寺領が東西20余町、南北5町もあり、威容を誇っていた。
この文書は巻子本2巻に納められていて、第1巻には5通、第2巻には7通、合わせて12通の古文書を含んでいる。このうち、第1巻の康治2(1143)年付綸旨を除く11通が県指定となっている。
その内容は、建長6(1254)年から永正9(1512)年までに及び、鎌倉時代2通、南北朝時代8通、室町時代中期1通で、四条有資(しじょうありすけ)寄進状及び西園寺家御教書各2通、禁制及び遵行状(じゅんぎょうじょう)各2通その他となっている。
この文書は、南北朝時代に南朝の祈願所として興隆寺が重視されていたことを示すとともに、同寺の変遷を知る上で重要な文献であるばかりでなく当時の状勢を知る貴重な史料である。
この文書は巻子本2巻に納められていて、第1巻には5通、第2巻には7通、合わせて12通の古文書を含んでいる。このうち、第1巻の康治2(1143)年付綸旨を除く11通が県指定となっている。
その内容は、建長6(1254)年から永正9(1512)年までに及び、鎌倉時代2通、南北朝時代8通、室町時代中期1通で、四条有資(しじょうありすけ)寄進状及び西園寺家御教書各2通、禁制及び遵行状(じゅんぎょうじょう)各2通その他となっている。
この文書は、南北朝時代に南朝の祈願所として興隆寺が重視されていたことを示すとともに、同寺の変遷を知る上で重要な文献であるばかりでなく当時の状勢を知る貴重な史料である。
所在地
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