本文
紙本墨書歯長寺縁起
南予
書跡・典籍・古文書
室町時代
| 区分・種別 |
国指定
重要文化財
書跡・典籍・古文書
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|---|---|
| 時代 | 室町時代
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| よみ | しほんぼくしょ しちょうじえんぎ いっさつ おくにしとくさんねん ちょしゃ じゃくしょうのき ならびに きょうとくさんねん しょしゃのおくがきあり
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| 名称 | 紙本墨書歯長寺縁起 1冊 奥二至徳三年著者寂證ノ記並二享徳三年書写ノ奥書アリ
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| 所在地 | 西予市宇和町卯之町(歴博)
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| 所有者 | 歯長寺
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| 管理団体 | |
| 指定年月日 | 昭和11年5月6日
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解説
この縁起は、僧寂證が至徳3(1386)年に筆録し、享徳3(1454)年に秀栄が書写したもので、縦20.6cm、横15.2cmの袋綴装の一冊子である。
記事は、元応2(1320)年から67年間にわたり寂證が見聞した事件、風評を書いたもので、寺院に伝わる由来を中心とした縁起とは趣を異にし、特に元弘・延元の変に関する記事が多く、動乱期の史実を伝える資料として注目されている。
歯長寺は、元応2(1320)年西園寺氏代官の開田善覚が発願し、戒壇院設立のため下向中の理玉和尚を開山として移建されたもので、京都法勝寺の末寺であった。また、享徳2(1453)年の西園寺氏寄進状によれば、孝謙天皇勅願寺で西園寺氏の氏寺とあり、南予きっての名刹である。
記事は、元応2(1320)年から67年間にわたり寂證が見聞した事件、風評を書いたもので、寺院に伝わる由来を中心とした縁起とは趣を異にし、特に元弘・延元の変に関する記事が多く、動乱期の史実を伝える資料として注目されている。
歯長寺は、元応2(1320)年西園寺氏代官の開田善覚が発願し、戒壇院設立のため下向中の理玉和尚を開山として移建されたもので、京都法勝寺の末寺であった。また、享徳2(1453)年の西園寺氏寄進状によれば、孝謙天皇勅願寺で西園寺氏の氏寺とあり、南予きっての名刹である。
所在地
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