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善応寺文書

ページID:0137647 更新日:2026年3月3日 印刷ページ表示
中予
書跡・典籍・古文書
鎌倉時代南北朝時代室町時代安土・桃山時代江戸時代
善応寺文書の画像
善応寺文書の画像
詳細情報
区分・種別
県指定
有形文化財
書跡・典籍・古文書
時代
鎌倉時代南北朝時代室町時代安土・桃山時代江戸時代
よみ
ぜんおうじもんじょ ごかん
名称
善応寺文書 5巻
所在地
松山市善応寺
所有者
善応寺
管理団体
指定年月日
昭和30年11月4日

解説

 建武年間(1334~1338年)、豪族河野通盛はその本拠を河野郷から道後湯築城に移した。この時通盛は、居館であった土居館を京都東福寺に模して改造し、南山和尚の門下であった正堂士顕(しょうどうしけん)を開山として善応寺を創建した。善応寺は広壮な伽藍を誇ったが、その後河野氏と盛衰をともにすることになった。
 この文書は、鎌倉時代末期から江戸時代初期にかけての古文書69通を、巻子本5巻に分類装丁したものである。その内容は、まず善応寺の所領あるいは寺領寄進に関する文書、つぎに同寺の住持に関するもの、このほか、下知状、禁制、掟書等が多数あり、足利義詮御判御教(みぎょう)書(しょ)(案)、国司庁宣、西園寺大納言家の寄進状などを含んでいる。室町時代のものが主体であるが、いずれも善応寺を中心とした河野家の動静を物語るもので、中世伊予を領した河野氏研究にとって重要な史料である。