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西禅寺文書

ページID:0137646 更新日:2026年3月3日 印刷ページ表示
南予
書跡・典籍・古文書
南北朝時代室町時代安土・桃山時代
西禅寺文書の画像
西禅寺文書の画像
詳細情報
区分・種別
県指定
有形文化財
書跡・典籍・古文書
時代
南北朝時代室町時代安土・桃山時代
よみ
さいぜんじもんじょ いっかん
名称
西禅寺文書 1巻
所在地
西予市宇和町卯之町
所有者
西禅寺
管理団体
指定年月日
昭和32年12月14日

解説

 西禅寺は寺伝によれば康永2(1343)年宇都宮(のち、津々喜谷氏と改称)行胤が、真空妙応を開山として創建したといわれる臨済宗の寺院である。宇都宮氏はもと下野国の豪族、その一族が鎌倉時代以来喜多郡において発展し、戦国時代末期には土豪として勢威を確立していた。行胤は室町幕府の要人であった宇都宮遠江守貞泰の部将といわれ、瀧之城(大洲市米津)城主であった。その後天正年間(1573~1592年)長宗我部勢の来襲にあって没落、寺運もまた衰微した。
 この文書は巻子本1巻よりなり、古文書17通が納められている。観応3(1352)年宇都宮貞泰(法名蓮智)が行胤の忠功にむくいるため本寺に年貢納付を明示した寄進状を始めとして、天正8(1580)年までにおよび、寄進状、安堵状(あんどじょう)をおもな内容としている。
この文書によって西禅寺の消長を知るばかりでなく、津々喜谷氏の活動をもととする中世喜多郡の情勢をうかがうことができる。