本文
金銅経筒
南予
工芸品
平安時代
アートや工芸の美に触れるより深く学べる(ガイダンス・展示施設等隣接)
| 区分・種別 |
県指定
有形文化財
工芸品
|
|---|---|
| 時代 | 平安時代
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| よみ | こんどうきょうづつ つけたりきょうかん いっこ はちかん
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| 名称 | 金銅経筒 付経巻 1口 8巻
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| 所在地 | 西予市宇和町卯之町
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| 所有者 | 愛媛県歴史文化博物館
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| 管理団体 | |
| 指定年月日 | 昭和40年4月2日
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解説
この経筒は経典を入れて経塚に納める容器である。総高30㎝、筒身高25.6㎝、筒口径12㎝、青銅鋳造鍍金(ちゅうぞうときん)、宝珠型のつまみのついている傘形の蓋がある。筒身には精ちな毛彫りによる双鉤体(そうこうたい)で、書風、書体ともすぐれた典型的な平安風の筆跡で、下記のように刻銘されている。昭和33(1958)年、伊予市大平小野の堂ケ谷の松林を開墾中に発掘されたもので、中には8巻の経巻が納入されていた。納入の経巻は固化して開くことができないが、法華経8巻と思われる。
銘文の「乙氏」は伊予の豪族越智氏と解され、美術品としてだけでなく歴史資料としても価値が高い。経塚は11世紀末ころから、末法思想により天台宗を中心として行われたもので、各種の経典を筆写して経筒等に入れ地下に埋め後世に伝えようとする風習である。
各爲二親
奉入如法経筒
久安六年八月州日
乙氏親遠
藤原氏女
泰氏是延
(久安6年は西暦1150年)
銘文の「乙氏」は伊予の豪族越智氏と解され、美術品としてだけでなく歴史資料としても価値が高い。経塚は11世紀末ころから、末法思想により天台宗を中心として行われたもので、各種の経典を筆写して経筒等に入れ地下に埋め後世に伝えようとする風習である。
各爲二親
奉入如法経筒
久安六年八月州日
乙氏親遠
藤原氏女
泰氏是延
(久安6年は西暦1150年)
所在地
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