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定光寺観音堂

ページID:0137430 更新日:2026年3月3日 印刷ページ表示
東予
建造物
室町時代
荘厳で神秘的
定光寺観音堂の画像1
定光寺観音堂の画像2
定光寺観音堂の画像1
定光寺観音堂の画像2
詳細情報
区分・種別
国指定
重要文化財
建造物
時代
室町時代
よみ
じょうこうじかんのんどう いっとう
名称
定光寺観音堂 1棟
所在地
上島町弓削土生
所有者
定光寺
管理団体
指定年月日
昭和52年6月27日

解説

定光寺観音堂は弓削土生部落の東南山上にあり、東方の足下に深坂の池を、その向こうに弓削商船高等専門学校の広い敷地と法皇ケ原の松、北西方向には瀬戸内海の島々を望むことができる。この寺は臨済宗東福寺の末寺で、応長元年(1311年)に亡くなった東福寺7世無為昭元禅師によって開山されたと伝えられている。
 観音堂の創立については明らかではないが、現在の堂は室町時代末期の手法を示している。桁行3間、梁間2間の小規模な堂で屋根は宝形造、本瓦葺である。大面取りの方柱に木鼻(きばな)付きの頭貫を組み、柱上に大斗(だいと)を置いて、通し実肘木(さねひじき)を造り出した丸桁(がぎょう)を直接大斗の上にのせている。正面と背面の中央間には花肘木(はなひじき)に大斗を造り出した中備(なかぞなえ)がある。軒は一軒疎垂木(ひとのきまばらだるき)である。垂木は反(そ)り増しが大きく、隅木は鼻先に鎬(しのぎ)のない古風なものである。
 この堂は小規模で簡素なものであるが、組物と形式など類例の少ない手法を用いている。昭和56(1981)年に解体修理が施された。