本文
定光寺観音堂
東予
建造物
室町時代
荘厳で神秘的
| 区分・種別 |
国指定
重要文化財
建造物
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|---|---|
| 時代 | 室町時代
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| よみ | じょうこうじかんのんどう いっとう
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| 名称 | 定光寺観音堂 1棟
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| 所在地 | 上島町弓削土生
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| 所有者 | 定光寺
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| 管理団体 | |
| 指定年月日 | 昭和52年6月27日
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解説
定光寺観音堂は弓削土生部落の東南山上にあり、東方の足下に深坂の池を、その向こうに弓削商船高等専門学校の広い敷地と法皇ケ原の松、北西方向には瀬戸内海の島々を望むことができる。この寺は臨済宗東福寺の末寺で、応長元年(1311年)に亡くなった東福寺7世無為昭元禅師によって開山されたと伝えられている。
観音堂の創立については明らかではないが、現在の堂は室町時代末期の手法を示している。桁行3間、梁間2間の小規模な堂で屋根は宝形造、本瓦葺である。大面取りの方柱に木鼻(きばな)付きの頭貫を組み、柱上に大斗(だいと)を置いて、通し実肘木(さねひじき)を造り出した丸桁(がぎょう)を直接大斗の上にのせている。正面と背面の中央間には花肘木(はなひじき)に大斗を造り出した中備(なかぞなえ)がある。軒は一軒疎垂木(ひとのきまばらだるき)である。垂木は反(そ)り増しが大きく、隅木は鼻先に鎬(しのぎ)のない古風なものである。
この堂は小規模で簡素なものであるが、組物と形式など類例の少ない手法を用いている。昭和56(1981)年に解体修理が施された。
観音堂の創立については明らかではないが、現在の堂は室町時代末期の手法を示している。桁行3間、梁間2間の小規模な堂で屋根は宝形造、本瓦葺である。大面取りの方柱に木鼻(きばな)付きの頭貫を組み、柱上に大斗(だいと)を置いて、通し実肘木(さねひじき)を造り出した丸桁(がぎょう)を直接大斗の上にのせている。正面と背面の中央間には花肘木(はなひじき)に大斗を造り出した中備(なかぞなえ)がある。軒は一軒疎垂木(ひとのきまばらだるき)である。垂木は反(そ)り増しが大きく、隅木は鼻先に鎬(しのぎ)のない古風なものである。
この堂は小規模で簡素なものであるが、組物と形式など類例の少ない手法を用いている。昭和56(1981)年に解体修理が施された。
所在地
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