本文
銅鐘(建長三年六月ノ銘アリ)
中予
工芸品
鎌倉時代
アートや工芸の美に触れる
| 区分・種別 |
国指定
重要文化財
工芸品
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|---|---|
| 時代 | 鎌倉時代
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| よみ | どうしょう いっく けんちょうさんねんろくがつのめいあり
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| 名称 | 銅鐘 1口 建長三年六月ノ銘アリ
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| 所在地 | 松山市石手2丁目
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| 所有者 | 石手寺
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| 管理団体 | |
| 指定年月日 | 大正1年9月3日
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解説
総高104.6センチメートル、口径59.8センチメートル、鋳銅製で、鐘身池の間2区に次の銘文が陰刻されている。
願主 僧良圓大徳 僧慶賢大徳
興隆寺 建長三季 歳 次 六月八日
辛亥
大工河内國丹治国忠
任御示現
彼鐘自河内國来臨也
菅生山大宝寺 一山大法主
別當
大旦那大伴朝臣大野
紀刕利直一結衆
東西眞俗施主等
天文十七戊年十一月吉日
申
三十貫合力 宗 岸
妙 一
吉久
建長3(1251)年の銘文は、柔らかみのある楷書体で、堂々たる格調を持つ書風、書体に加えて、彫刻の技法も極めて優れている。
この鐘の銘文に示すように、建長3年に興隆寺(西条市丹原町)の鐘として作られたものであるが、その後天文17(1548)年菅生山大宝寺(上浮穴郡久万高原町)の所有となり、さらに転じて現在石手寺蔵となっている。
願主 僧良圓大徳 僧慶賢大徳
興隆寺 建長三季 歳 次 六月八日
辛亥
大工河内國丹治国忠
任御示現
彼鐘自河内國来臨也
菅生山大宝寺 一山大法主
別當
大旦那大伴朝臣大野
紀刕利直一結衆
東西眞俗施主等
天文十七戊年十一月吉日
申
三十貫合力 宗 岸
妙 一
吉久
建長3(1251)年の銘文は、柔らかみのある楷書体で、堂々たる格調を持つ書風、書体に加えて、彫刻の技法も極めて優れている。
この鐘の銘文に示すように、建長3年に興隆寺(西条市丹原町)の鐘として作られたものであるが、その後天文17(1548)年菅生山大宝寺(上浮穴郡久万高原町)の所有となり、さらに転じて現在石手寺蔵となっている。
所在地
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