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木造大通智勝如来坐像(東円坊)

ページID:0137561 更新日:2026年3月3日 印刷ページ表示
東予
彫刻
鎌倉時代
アートや工芸の美に触れる
木造大通智勝如来坐像(東円坊)の画像
木造大通智勝如来坐像(東円坊)の画像
詳細情報
区分・種別
県指定
有形文化財
彫刻
時代
鎌倉時代
よみ
もくぞうだいつうちしょうにょらいざぞう
名称
木造大通智勝如来坐像
所在地
今治市大三島町宮浦
所有者
東円坊
管理団体
指定年月日
令和5年2月17日

解説

 東円坊本堂の須弥壇上中央に安置される等身大の坐像。像高91cm。大通智勝如来は『法華経』に説かれる仏ではあるが、その造像はきわめて稀である。形状の特徴としては、頭部に螺髪を表し、体正面で理拳印と呼ばれる珍しい印(密教の金剛界大日如来の印である智拳印の左右の手のかまえが逆転したもの)を結ぶ、異色の尊像である。神仏習合思想においては、神は仏(本地仏)が仮に姿を変えてこの世に顕現したものとみなすが、大山祇神社の主神の本地仏は大通智勝如来とされてきた。したがって本像は、大山積の神の本来の姿ということになる。
 本像は頭部内に「元徳二年 院吉」(1330年)の墨書があり、制作年、制作者の名前がわかる貴重な事例である。院吉は鎌倉時代末から南北朝時代にかけて、室町幕府や足利氏関連の造像にも従事した中央の仏師である。
 東円坊は大山祇神社の神宮寺の一つであったが、明治初年の神仏分離によって神社から離れた。本像は制作年及び制作者の判明する日本彫刻史上の基準作であるとともに、大山祇神社における大通智勝如来信仰の数少ない証というべき尊像である。当初の光背を伝えることも貴重といえる。