本文
木造十一面観音立像(安楽寺)
中予
彫刻
平安時代
アートや工芸の美に触れる
| 区分・種別 |
県指定
有形文化財
彫刻
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|---|---|
| 時代 | 平安時代
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| よみ | もくぞうだいぎょうぜんじざぞう いっく
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| 名称 | 木造十一面観音立像 1躯
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| 所在地 | 松山市久保田町
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| 所有者 | 安楽寺
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| 管理団体 | |
| 指定年月日 | 昭和40年4月2日
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解説
松山市の西部にある安楽寺は真言宗智山派の寺で、この寺の十一面観音立像は、像高177.5cm、カヤ材の一木造である。
現在の姿は、頭上諸面をつけ十一面観音の姿となっているが、大ぶりの古様な髻(もとどり)には、頭上面を植え付けるべき工夫が認められないことから、元来は聖観音像であったものと思われる。像容はいかにも堂々とした趣があり、像容にも、衣文(えもん)の意匠にも手慣れた技法を示している。製作は10世紀ころとみられ、平安時代の伊予の作品として注目される作例である。
近年、本格的保存修理が行われ、内部に「寶永元甲申歳(1704)年九月中旬再興之」等の墨書銘が見られた。
像には、第二次世界大戦の際の爆弾の破片が突き刺さっていたことが判明した。
現在の姿は、頭上諸面をつけ十一面観音の姿となっているが、大ぶりの古様な髻(もとどり)には、頭上面を植え付けるべき工夫が認められないことから、元来は聖観音像であったものと思われる。像容はいかにも堂々とした趣があり、像容にも、衣文(えもん)の意匠にも手慣れた技法を示している。製作は10世紀ころとみられ、平安時代の伊予の作品として注目される作例である。
近年、本格的保存修理が行われ、内部に「寶永元甲申歳(1704)年九月中旬再興之」等の墨書銘が見られた。
像には、第二次世界大戦の際の爆弾の破片が突き刺さっていたことが判明した。
所在地
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