本文
木造十一面観音立像(瑞竜寺)
南予
彫刻
平安時代
アートや工芸の美に触れる
| 区分・種別 |
国指定
重要文化財
彫刻
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|---|---|
| 時代 | 平安時代
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| よみ | もくぞうじゅういちめんかんのんりゅうぞう
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| 名称 | 木造十一面観音立像 1躯
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| 所在地 | 大洲市長浜町沖浦
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| 所有者 | 瑞竜寺
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| 管理団体 | |
| 指定年月日 | 大正1年9月3日
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解説
瑞龍寺は、肱川河口西岸の沖浦にあり、通称沖浦観音ともいう臨済宗妙心寺派の寺である。本尊の十一面観音立像は、その昔阿弥陀寺(現下関市)にあったという。平家滅亡の後、平清盛の菩提を弔うため、清盛寺(現喜多郡内子町小田)に移り、更に如法寺(現大洲市)の盤珪禅師(ばんけいぜんじ)のもとに移されたが、ときの大洲藩主加藤泰恒が参勤交代の海上安全、海事繁盛を祈願して沖浦の地に堂を建てて安置したものと伝えられている。
この像は、像高163.6センチメートル、頭部からあごまで37.9センチメートル、面幅17.9センチメートル、臂張り43.6センチメートル、一木造の立像である。端麗な面相はやや長く、幾分写実的なプロポーションは、官能的な美しさを感じさせる。藤原時代初期の優れた作品である。昭和53年度には修理が施され、更に昭和55年度に改装補修された収蔵施設に安置されている。
この像は、像高163.6センチメートル、頭部からあごまで37.9センチメートル、面幅17.9センチメートル、臂張り43.6センチメートル、一木造の立像である。端麗な面相はやや長く、幾分写実的なプロポーションは、官能的な美しさを感じさせる。藤原時代初期の優れた作品である。昭和53年度には修理が施され、更に昭和55年度に改装補修された収蔵施設に安置されている。
所在地
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