本文
絹本著色月庵宗光像
中予
絵画
南北朝時代
アートや工芸の美に触れる
| 区分・種別 |
県指定
有形文化財
絵画
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|---|---|
| 時代 | 南北朝時代
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| よみ | けんぽんちゃくしょくげつあんそうこうぞう いっぷく
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| 名称 | 絹本著色月庵宗光像 1幅
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| 所在地 | 松山市上難波
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| 所有者 | 最明寺
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| 管理団体 | |
| 指定年月日 | 昭和40年4月2日
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解説
この画像は、月庵宗光の頂相(ちんぞう)で大きさが縦92センチメートル、横38センチメートル、絹本著色である。画家は不明だが、月庵の次のような賛があることから南北朝時代の作品と思われる。
「意在言外 不許謾会 月落不離天 水流元在海 右法意大師写予真而求賛 一語以示之耳時永徳壬戌仲夏日 大明開山月庵宗光」(注 永徳壬戌年は1382年)
月庵は京都大江氏の出身で、若くして臨済宗に入り、美濃の大円寺で峰翁(ほうおう)和尚に学び、のち京都等持院の古先印(こせんいん)や夢窓疎石(むそうそせき)にも師事した。正平16(1361)年には松山市の大蟲(だいちゅう)禅師の教えも受けた。但馬の大明寺を開いたのち、松山市上難波に最明寺を建てた。朝廷から大祖禅師の号を授けられ、元中6(1389)年に64歳で死亡した高僧である。
「意在言外 不許謾会 月落不離天 水流元在海 右法意大師写予真而求賛 一語以示之耳時永徳壬戌仲夏日 大明開山月庵宗光」(注 永徳壬戌年は1382年)
月庵は京都大江氏の出身で、若くして臨済宗に入り、美濃の大円寺で峰翁(ほうおう)和尚に学び、のち京都等持院の古先印(こせんいん)や夢窓疎石(むそうそせき)にも師事した。正平16(1361)年には松山市の大蟲(だいちゅう)禅師の教えも受けた。但馬の大明寺を開いたのち、松山市上難波に最明寺を建てた。朝廷から大祖禅師の号を授けられ、元中6(1389)年に64歳で死亡した高僧である。
所在地
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