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旧髙橋家住宅主屋ほか4件
南予
建造物
江戸時代昭和時代(昭和20年(1945)まで)現代(昭和20年(1945)から現在)
ノスタルジックな気分にひたる
| 区分・種別 |
国登録
有形文化財
建造物
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|---|---|
| 時代 | 江戸時代昭和時代(昭和20年(1945)まで)現代(昭和20年(1945)から現在)
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| よみ | きゅうたかはしけじゅうたく
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| 名称 | 旧髙橋家住宅主屋
旧髙橋家住宅離れ 旧髙橋家住宅表門 旧髙橋家住宅石垣及び土塀 旧髙橋家住宅井戸 |
| 所在地 | 喜多郡内子町内子
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| 所有者 | 内子町
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| 管理団体 | |
| 指定年月日 | 令和6年3月6日
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解説
旧髙橋家住宅は内子町重伝建地区と小田川の間に所在する住宅で、日本におけるビール醸造のパイオニアである髙橋龍太郎の生家として著名である。
主屋は木造つし2階建て桟瓦葺入母屋造で、昭和・平成に大規模な改修が為されているが、和釘の使用などから創建は江戸時代末期と推定できる。離れは木造2階建て桟瓦葺入母屋造で、昭和3年(1928)頃の建築とされる。玄関のガラス欄間の使用や廊下の発達、2階の客間化など、昭和初期の住宅の特徴が随所に見受けられる。
表門は一間一戸、桟瓦葺切妻造の棟門で、昭和26年(1951)頃に建てられたとされる。両袖に屋根付きの塀を設け、風格ある屋敷の表構えを伝える。石垣は野面積み、土塀は桟瓦葺の築地塀で、江戸時代後期の造成とされる。石垣は反りを持ち、隅を算木積みとし玉石を丁寧に積み上げる。井戸は枠石に「丁文政十亥春三月」との刻銘から、文政10年(1827)の建造と分かる。井戸は生活に欠かせない設備であり、髙橋家住宅の生活の一部を知るうえで貴重である。
主屋は木造つし2階建て桟瓦葺入母屋造で、昭和・平成に大規模な改修が為されているが、和釘の使用などから創建は江戸時代末期と推定できる。離れは木造2階建て桟瓦葺入母屋造で、昭和3年(1928)頃の建築とされる。玄関のガラス欄間の使用や廊下の発達、2階の客間化など、昭和初期の住宅の特徴が随所に見受けられる。
表門は一間一戸、桟瓦葺切妻造の棟門で、昭和26年(1951)頃に建てられたとされる。両袖に屋根付きの塀を設け、風格ある屋敷の表構えを伝える。石垣は野面積み、土塀は桟瓦葺の築地塀で、江戸時代後期の造成とされる。石垣は反りを持ち、隅を算木積みとし玉石を丁寧に積み上げる。井戸は枠石に「丁文政十亥春三月」との刻銘から、文政10年(1827)の建造と分かる。井戸は生活に欠かせない設備であり、髙橋家住宅の生活の一部を知るうえで貴重である。
所在地
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