本文
湯釜
中予
建造物
鎌倉時代
荘厳で神秘的
| 区分・種別 |
県指定
有形文化財
建造物
|
|---|---|
| 時代 | 鎌倉時代
|
| よみ | ゆがま いっき
|
| 名称 | 湯釜 1基
|
| 所在地 | 松山市道後公園
|
| 所有者 | 松山市
|
| 管理団体 | |
| 指定年月日 | 昭和29年11月24日
|
解説
この湯釜は、道後温泉の浴槽内の湧出口(ゆうしゅつぐち)に設置してあったものである。直径は166.7㎝、高さ157.6㎝、円筒形の花崗岩製である。
この湯釜は、奈良時代の天平勝宝年間(749~757)に作られたといわれ、正応元(1288)年、河野通有(みちあり)の依頼により一遍上人が宝珠に「南無阿弥陀仏」の6字名号を刻んだという。享禄4(1531)年、河野通直(みちなお)は道後天徳寺の僧、徳応に霊泉の効用に関する文を作らせ、石工を尾道から招いて刻ませた。12行の石文のほかに次の大工名、願主名と紀年銘が刻まれている。
願主柳原左衛門尉□□□□
大工備後尾道芥河□□□重 享禄四天辛卯小春如意珠白
明治27(1894)年まで使用されたものである。
この湯釜は、奈良時代の天平勝宝年間(749~757)に作られたといわれ、正応元(1288)年、河野通有(みちあり)の依頼により一遍上人が宝珠に「南無阿弥陀仏」の6字名号を刻んだという。享禄4(1531)年、河野通直(みちなお)は道後天徳寺の僧、徳応に霊泉の効用に関する文を作らせ、石工を尾道から招いて刻ませた。12行の石文のほかに次の大工名、願主名と紀年銘が刻まれている。
願主柳原左衛門尉□□□□
大工備後尾道芥河□□□重 享禄四天辛卯小春如意珠白
明治27(1894)年まで使用されたものである。
所在地
地図の読み込みに関する問題が発生したとき<外部リンク>






