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久保家住宅主屋ほか4件
中予
建造物
明治時代大正時代昭和時代(昭和20年(1945)まで)現代(昭和20年(1945)から現在)
フォトジェニックな場所ノスタルジックな気分にひたるファミリーで楽しめる
| 区分・種別 |
国登録
有形文化財
建造物
|
|---|---|
| 時代 | 明治時代大正時代昭和時代(昭和20年(1945)まで)現代(昭和20年(1945)から現在)
|
| よみ | くぼけじゅうたくおもや
くぼけじゅうたくはなれ くぼけじゅうたくまちあい くぼけじゅうたくおもてもんおよびへい |
| 名称 | 久保家住宅主屋
久保家住宅離れ 久保家住宅待合 久保家住宅表門及び塀 久保家住宅仕切門及び塀 |
| 所在地 | 松山市道後湯之町
|
| 所有者 | 個人
|
| 管理団体 | |
| 指定年月日 | 令和5年2月27日
|
解説
久保家住宅主屋
明治39年頃建築、昭和47年・令和元年改修 木造平屋建、寄棟造桟瓦葺
久保家住宅離れ
大正3年頃建築、昭和3年・24年・平成23年改修 木造二階建、入母屋造桟瓦葺
久保家住宅待合
明治39年頃建築 切妻造桟瓦葺軒先銅板
久保家住宅表門及び塀
明治39年頃建築、令和3年改修 切妻造桟瓦葺
久保家住宅仕切門及び塀
明治39年頃建築 切妻造銅板葺 真壁造桟瓦葺
道後湯之町に所在する開業医の住宅。主屋は鳳凰懸魚を備えた切妻造の玄関を構え、玄関横の一室は茶室として意匠が整えられる。離れは二階の階高を高くとり、主屋に面する南西には高欄付きの大窓を設ける。待合は、腰掛の一部に階段状の竹を並べるなど意匠をこらしたつくりで、主屋の茶室と共に露地を形成している。表門及び塀は屋敷地の玄関に当たる門とそれに続く塀で、表門の東西に延びた袖壁には連子窓がつく。仕切門及び塀は、木戸門とそれに続く鼠漆喰塗の塀で、屋敷地を玄関側と座敷側に分ける。
明治後期から昭和初期にかけての道後湯之町の歴史景観を伝える建造物である
明治39年頃建築、昭和47年・令和元年改修 木造平屋建、寄棟造桟瓦葺
久保家住宅離れ
大正3年頃建築、昭和3年・24年・平成23年改修 木造二階建、入母屋造桟瓦葺
久保家住宅待合
明治39年頃建築 切妻造桟瓦葺軒先銅板
久保家住宅表門及び塀
明治39年頃建築、令和3年改修 切妻造桟瓦葺
久保家住宅仕切門及び塀
明治39年頃建築 切妻造銅板葺 真壁造桟瓦葺
道後湯之町に所在する開業医の住宅。主屋は鳳凰懸魚を備えた切妻造の玄関を構え、玄関横の一室は茶室として意匠が整えられる。離れは二階の階高を高くとり、主屋に面する南西には高欄付きの大窓を設ける。待合は、腰掛の一部に階段状の竹を並べるなど意匠をこらしたつくりで、主屋の茶室と共に露地を形成している。表門及び塀は屋敷地の玄関に当たる門とそれに続く塀で、表門の東西に延びた袖壁には連子窓がつく。仕切門及び塀は、木戸門とそれに続く鼠漆喰塗の塀で、屋敷地を玄関側と座敷側に分ける。
明治後期から昭和初期にかけての道後湯之町の歴史景観を伝える建造物である
所在地
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